八(六)

文字数 1,251文字

 仲間が倒されたのを見た曽は、林を抜けて南へ馬を走らせた。リョウは、それを追いかけながら馬上で弓に矢を(つが)え、二本、三本と放った。そのうちの一本が、曽の馬に当たり、その拍子に曽は地面に転げ落ち、すぐに追い付いたリョウも、地面に降り立った。
 それでも、ニヤリと笑った曽は剣を構えて言った。
(せき)(りょう)と言ったな。しかし、お前は、ただのソグド商人ではないな」
「教えてやろう。俺は、お前たちが襲った(こう)憶嶺(おくれい)の子だ」
「やはり、そうか。それであの木の根元を掘り起こしていたんだな。おかげで、こっちも探す手間が省けた、大事な書状とお前の両方をな」
 言いながら、曽はじりじりと間合いを詰めて来る。その隙の無さに、リョウも少しずつ後ずさりしていく。
「ついでに金貨までいただけるとは、」
 曽に皆まで言わせない内に、今度はリョウの方から仕掛けた。右に飛びながら左に払ったリョウの剣を曽が弾き返し、上から振り下ろした剣も曽はがっちりと受け止めた、と思うや曽はリョウの剣を勢いよく押しのけると同時に、剣から手を離し、懐から抜き出した短刀ごとリョウに身体をぶつけて来た。至近距離からの思わぬ捨て身の戦法に、リョウもよけきれず、身体をねじって急所を防ぐのが精一杯だった。左腕に短刀が刺さり、リョウは倒れて剣が転がった。ぎらつく曽の眼に、リョウは人を何人も殺してきた男の凶暴さを感じた。
 倒れたリョウに覆いかぶさるように、曽が両手で握り直した短刀を振り下ろしてきた。リョウは、横に転んで避けながら、咄嗟に革帯から引き抜いた石鑿(いしのみ)を投げつけた。一瞬、曽の動きが止まったところで跳ね起きたリョウは、今度は、渾身(こんしん)の力で二本目の石鑿を投げつけた。驚いた曽の眼がカッと見開かれ、その胸には、リョウの石鑿が深々と刺さっていた。倒れた曽の懐から、血に濡れた書状が転がり出た。
「お前は、唐軍の隊長だと言ったな。それは、(りゅう)涓匡(けんきょう)の兵士ということだな」
「そんなことは、……どうでもいい。それより、お前こそ……何者だ」
 (あえ)ぎながらの曽の問いにリョウは答えた。
突厥(とっくつ)の奴隷兵士だった。お前と劉涓匡だけは、逃がすわけにはいかない」
 その答えも、もう曽には聞こえていないようだった。
 栗の木の根元に戻ったリョウは、あらためて進に礼を言った。進が手当てしたのか、田は傷口を布で縛っていた。
「それにしても、いったいどうしてお前がここにいるんだ」
「リョウは来るなって言ったけど、俺は店番なんかやりたくない、いずれ将軍になるんだ」
「誰かつけているとは思ったが、まさか進だとは。あの連中が、どこから来たかわかるか?」
「三人は、ずうっと付けていた。一人が離れたと思ったら、昨日になって北から増援らしき部隊を連れて来て、これはやばいと思った。それで様子を見ていたら、二人の空馬が走って来たんだ」
「やはりな。増援は、近くの(りゅう)涓匡(けんきょう)の部隊からだろう。まあいい、俺たちは、軍馬牧場に寄って新しい馬を長安に連れて帰るから、進がいてちょうど良かった」
 そう言って、リョウは笑った。
(「栗の木」おわり)
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