八(三)

文字数 1,377文字

 リョウと(でん)為行(いこう)は、用意してきた(くわ)(すき)で、栗の木の根元を慎重に掘り進めた。ほどなく、鍬の刃に固いものが触れ、手で土石を払うと、それは木箱の(ふた)のようだった。半ば腐れかかったその木の覆いを取り除くと、中には黒い革袋と陶器の(かめ)が見え、その上に(うるし)塗りの朱色の箱が置いてある。
 その朱色の箱を手に取り、蓋を開けると、中から書状が出て来た。父が言っていた、「西胡屋(さいこや)」へ預けた財産の証文のようだった。読んでみると、そこには、財産の半分を「西胡屋」に預け、その礼として残りの半分は「西胡屋」に無償で引き渡すという契約の控えだった。 
 文章と日付は、アクリイが官吏に捕らえられる前であるかのように装っているが、謀反にかかわったとして財産没収の決定が公表される前に、急いで作ったものであることは間違いなさそうだった。官に取り上げられる前に「西胡屋」に移し、いずれ「西胡屋」の主人を殺して(かく)壮傑(そうけつ)が引き継ぐという筋書きが、すでにその時点でできていたのではないか。そんなことになるとも知らずに署名した父の自筆の文字を、リョウは食い入るように見つめた。
 書状はもう一枚あり、そちらは「鄧龍(とうりゅう)」と縁を切って長安を出るアクリイと家族には危害を加えないし、「鄧龍」の親族にも(るい)を及ぼさない、という覚書になっている。署名しているのは、まだ京兆府(けいちょうふ)(長安を含む広域の行政府)の下っ端役人だった吉温(きつおん)だ。やはり一連の事件の裏には、吉温の上役の(ちょう)萬英(まんえい)が絡んでいたのだろう。その二年後に「西胡屋」の主を殺して乗っ取った(かく)壮傑(そうけつ)は、その機に、残りの半分の財産も奪おうと、アクリイを襲い、この裏文書ごと、邪魔な一族をみなこの世から抹消しようとしたのだ。
 リョウから書状を渡されて、その推測を聞かされた田為行も、その内容に驚いた顔をしていたが、田の興味は、どうやら金目のものに見える黒い革袋の方にあるようだった。
 黒い革袋は、ズシリと重たかった。二人がかりで引上げて紐をほどくと、中には金貨が詰まっていた。大秦(東ローマ)の金貨のようだ。ソグド人の親は、子が生まれるとその手に金貨を握らせて商売繁盛を祈るのだと、父が話していたことがある。ここにある金貨は、手に握るどころか、小さな城なら買えるほどの価値がありそうだった。
 その時、後ろの草むらから小鳥の群が飛び立つ音が聞こえた。ハッと振り返ったリョウを、田為行が「危ない」と突き放すのと同時に、二人の間を鋭い矢の風切り音が通り抜けた。咄嗟(とっさ)に飛び退いた二人の間に、黒い革袋からこぼれた金貨が散乱した。草むらから、武装した男たちがわらわらと走り出てきた。書状と金貨に夢中になって、彼らが近づいて来るのに気付くのが遅れてしまったのだ。走りながら射て来る敵の矢を防ぐため、二人は栗の木の裏に飛び込んだ。
「リョウ、十人以上いそうだぞ。しかも、ちゃんと弓矢と剣で武装している」
「盗賊などではないな。この書状の存在を知っている奴が、長安から跡をつけてきたのだろう」
「ということは、俺たちは殺されるということだ、逃げるぞ」
 反対方向の木につないだ馬に向かって走りだした二人が見たのは、馬の手綱を木からほどき、尻を叩いて追い払っている男の姿だった。その顔に見覚えがあった。炳霊(へいれい)寺で僧侶を殺し、金を奪っていった石工の頭、いや石工のふりをした(かく)壮傑(そうけつ)の飼っているやくざ者、(そう)果映(かえい)だった。
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