四(六)

文字数 1,495文字

 次に驚かされたのは、リョウの方だった。刀と弓の稽古が終わったところで、石工たちは背負って来た道具袋から、めいめいに石鑿(いしのみ)を取り出して、木に向かって投げ始めた。リョウが、祖父から譲り受け、戦場では必ず身に付けていた飛刀(ひとう)の石鑿、そのものだった。
「その石鑿(いしのみ)は、どうしたんだ」
「俺たち石工が戦争に行くのは、領土の境界や占領地の戦勝記念に石碑を建てるためだ。しかし戦闘にも巻き込まれる。だから、戦場に行くときには、昔からこの石鑿を腰に着けてきた。飛び道具にもなるが、まあ、お守りみたいなもんだな」
 そう教えてくれた哲に頼んで、リョウはその石鑿を持たせてもらった。重さや形は自分のものと微妙に違うが、少し慣れれば、すぐにも使えそうだった。息を整え、木の的に向かって投げてみる。思ったところより、少し右にずれたが、微調整の範囲内だった。
「リョウも石鑿を投げられるのか!」
 哲の大声に、また石工たちが集まって来た。リョウは、その一人から、石鑿を五本装填(そうてん)した革帯を貸してもらい、腰に巻いた。木に囲まれた空地の端まで歩くと、そこでいったん静止し、手首をブラブラ降って、大きく息を吸った。そしていきなり走り出した。走りながらリョウは、革帯から石鑿(いしのみ)を引き抜き、左側の木に投げつけた。次の木にも一本、さらに速度を上げて走りながら、次々と石鑿を投げつけて、止まった。
 五本の石鑿すべてが、左の林の木に刺さっていた。石工たちが、喚声をあげた。

 稽古の後、舟で寺に戻ったリョウは、呂浩(ろこう)や朱ツェドゥンたちと一緒に食事をとった。哲が今日の稽古でのリョウの武勇伝を面白おかしく語り、しばらく盛り上がったあとに、呂浩が声を潜めた。
「わしの心配が、本当になった。俺が()っている男が知らせてくれたのだが、河の上流で舟を調達している怪しげな集団がいるということだ」
 怪しげな集団と聞いて、皆が怪訝(けげん)な顔を呂浩に向けた。
「盗賊の(たぐい)で、数は百人近いそうだ。しかし、そんな大勢の盗賊団なんて聞いたことが無い。装備から見ても、盗賊を装った兵士かもしれない。川の民の(おさ)は、そいつらに舟を準備してやっているそうだ」
「思ったより早かったな、しかも多い。敵は本気で(つぶ)しに来るつもりだ。こちらも準備をせねばなるまい」
 哲の声に、呂浩が覚悟を決めた顔で言った。
「敵の目的は、まずは大仏を壊して、造立事業を失敗させること。少しでも壊せば、年内完成の条件が満たせなくなり、来年には全部壊されてしまうだろう。そして、もう一つは集まった寄進の金を奪うこと。そのどっちも防がなくてはならない。しかし、多勢に無勢だ。急いで、防御策を練ってくれ」
 その言葉を受けて、哲と健が石工たちと一緒に敵を迎え撃つ準備をすることになった。リョウは、呂浩と奴隷の身分について相談し、その了解をとった後、河岸の奴隷小屋に向かった。
「俺たちが苦労して作った大仏を、壊しに来る悪党がいる。ここには、兵士として武器を持ったことのある者もいるだろう。お前たちの汗を、むざむざ泥に戻したくなかったら、俺と一緒に戦ってくれないか」
「大仏は、俺たちのものじゃない。なぜ俺たちがそんなものに、命をかけなきゃいけないんだ」
「“そんなもの”と言うな。大仏様は、世の中の平安と、みんなの幸せを願って建立されるんだ。お前たちが作った石の大仏は、千年後にも残っているだろう。数え切れないほど大勢の人に救いを与えるんだ」
 誰かが発した問いに答えながら、最後にリョウは、ニヤリと笑って奴隷たちを見まわした。
「それに、もう一つ大事なことがある。俺と一緒に戦った者は、奴隷から解放して、自由人にしてやる」
(「悪意」おわり)
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