三(四)

文字数 1,145文字

 リョウは、呂浩(ろこう)にいきさつを話してから台所に行き、野菜炒めには鶏の肉を、ネギ汁には鹿の干し肉を戻したものを加えてもらった。
 それを運ばせたリョウは、また小屋の外の台に置き、皆を夕食に集めた。その晩も、リョウが一人一人の皿に、料理を盛ってやった。
「だいたい、今の世の中で、漢人だ、突厥(とっくつ)人だと言って、徒党を組むのは時代遅れだろう。今、唐で軍事力を握っているのは、突厥(とっくつ)人や、高麗(こうらい)人や、ソグド人の節度使たちだからな」
 リョウは、特に若い奴隷たちに向かって、こうも言った。
「奴隷はな、喧嘩が強くてもせいぜい、軍人奴隷にされて、戦の最前線で殺されるのが落ちだ。生き延びたかったら、人の役に立つことを身に付けろ、『こいつを殺すのは惜しい』と思われるようにな」
「リョウは何が得意なんだ」
 誰かの声にリョウは、今度は大声で、突厥(とっくつ)語にして同じことを言った。漢人たちは、何を言っているんだと怪訝(けげん)な顔をしたが、突厥(とっくつ)奴隷たちはギョッとしてリョウを見た。
「今のは、突厥(とっくつ)語だ。俺は、幾つもの言葉を話せる。そのおかげで生き延びられた。役に立つことを身に付けろと教えてくれたのも、(おう)(じい)さんという奴隷だった。大工でもいい、鍛冶(かじ)屋でもいい、お前たちも、何か得意なことがあったら俺に教えてくれ。それに合った仕事に変えてやる」
 そして、今度は突厥(とっくつ)語で突厥(とっくつ)奴隷たちに話しかけた。
「後で、状況を説明してやるから、今はおとなしく美味いものを喰っていろ」

 あの日以来、奴隷たちは少しずつ、リョウに心を開いてくれるように感じた。突厥(とっくつ)の奴隷たちが孤立しないように、ときどき突厥(とっくつ)語で話しかけることも忘れなかった。
「あんな漢人、殴り倒すのは簡単だが、手を出したらこっちが()られる。だから我慢していたんだ」
 突厥(とっくつ)奴隷はそう言っていたが、その後、双方とも新たにもめ事を起こすことはなかった。

 それにしても、まだ仕事がうまくはかどらない。作業の全体を見渡せるようになったリョウは、()(こう)と哲に一つの提案をしてみた。
「ここで働いている連中には派閥があり、派閥の(かしら)の言うことしか聞かない。その派閥ごとに仕事を割り振っているが、それぞれに得手不得手があるし、手待ち時間も出て、効率が悪い。派閥を超えて、仕事の中身で人を割り振らせてもらえないだろうか」
「そんな話は聞いたことが無い。職人たちは、自分の面倒をみてくれる頭がいないところで、他人の言うことを聞いたり、一生懸命働いたりするものか」
 哲の反論はもっともなことだった。仲間意識が強い職人、(あるじ)の所有物である奴隷、金だけが目当ての山の民や川の民。それでもリョウは言った。
「まあ、そう言わないで聞いてくれ。職人は、それぞれ異なる得意技を持っているから、それを(なら)して二組に分け、それぞれに大仏の左右を担当させるんだ」
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