三(一)

文字数 1,231文字

 大仏造立の現場で、一緒に岩を削り、石を(かつ)ぎ、そして夜は同じ宿舎で食事をするうちに、職人たちも次第に、健やリョウを領導(リーダー)と認め、その指示に素直に従うようになってきていた。
 リョウは、長安で集められた職人の中に、あまり熱心に働かない者が数人いることに気付いた。しかも、いつも集まって何やらこそこそ話をしていて、他の職人たちと親しくすることも無かった。
 呂浩の手下によると、その集団は、長安の邸店(ていてん)八郭邸(はっかくてい)」が送ってきた者たちだという。邸店と言えば、宿屋兼倉庫業を営み、資金の融通もする店だ。もとはソグド商人が始めた店だったが、番頭の(かく)壮傑(そうけつ)と言う男が引き継ぎ、そこに頼めば何でも引き受けてくれるということで、今では長安でもかなり知られた店になっているという。しかし、その裏では賄賂(わいろ)を高官に贈り、やくざ者を使って自分の商売相手をつぶすなど、あくどいことをしている噂が絶えないと、呂浩の手下は付け加えた。
 リョウは、そのことを哲にも伝え、その不良集団の様子を注意して見ることにした。

 もう一つリョウには、気がかりなことがあった。奴隷小屋の居住部分を増やし、夜間も鍵をかけずに(かわや)(トイレ)に行けるよう、状況は改善されていた。また食事も少しはましになったはずだった。しかし、奴隷たちは、仕事場でも小屋の中でも、ことあるごとにいがみあい、喧嘩をすることも多かった。リョウは、哲に断って、しばらく奴隷小屋で寝泊まりすることにした。
 仕事の後、寝具をもって奴隷小屋に入ったリョウを、居心地悪そうに奴隷たちは遠巻きに見ていた。
「みんな、心配するな、俺も数年前まではお前たちと同じ奴隷だった。どうせ仕事をするなら、気持ちよくやってもらおうと思って、一緒に暮らすことにした。言いたいことがあったら何でも言ってくれ」
 そう話しても、誰も何も言わない。それも予想されたことなので、リョウは気にせずに、持ってきた毛布と手荷物を部屋の片隅に置き、自分の居場所にした。食事の時間になると、呂浩(ろこう)の女奴隷たちが、蒸した(あわ)、ニラとモヤシの炒め物、それにネギ汁の鍋を運んできた。季節は初夏で、まだ薄明かりが残っている外の方が気持ち良い、そう思ったリョウは、食事を外の台上に並べさせ、さっさと食べ始めた。普段はバラバラに食べている奴隷たちも、しょうがなく、竹の器と(はし)を持って台の周りに集まった。近づいた男たちに、聞かせるともなくリョウは呟いた。
「俺は、このニラ炒めも、ネギ汁も美味いと思う。だけど、これじゃ力が入らないな。仕事がはかどったら胡餅(こへい)も出してもらおう。出来が良かったら、(うさぎ)の肉も出してもらおう」
 そうしながら、奴隷たちの顔を一人一人見て、器に順に食べ物を乗せてやった。そんなことをしてもらったことがない奴隷たちの驚き顔に、さらに追い打ちをかけた。
「ああ、酒も飲みたいものだ」 
 その言葉には、何人かの奴隷が反応したようだった。「今日は、これでよし」と心の中で呟いて、リョウは室内に戻り、寝っ転がった。
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