三(三)

文字数 1,253文字

「なんだ、お前は。いったいどっちの味方なんだ」
「どっちでもない。こんなところで、仲間割れするのはやめろ」
「仲間割れだと?馬鹿言ってんじゃない、突厥(とっくつ)の奴隷と仲間のはずがないだろう」
 そう言った男は、職人の中でもあまり真面目に働いてないと、リョウが眼をつけていた不良集団の一人だった。しかも、その男は、不良集団の(かしら)らしく、指示をするだけで自分は何もしていないことを、リョウは見抜いていた。
「たしか(そう)果映(かえい)と言ったな、長安の八郭邸(はっかくてい)の」
 突然、リョウに自分の名前を言われて、その男は少したじろいだ。それだけで十分効果はあったと、リョウは判断した。
「ここは、俺に免じて引いてくれ。あとは、奴隷たちだけで話をつけるから」 
 そう言われて、曽果映は、ぶつぶつ言いながらも、仲間の職人を連れて宿舎に戻った。リョウは、それを見届けてから、あらためて奴隷たちに向き直り、手振りも交えてゆっくりと話した。
「今、喧嘩をやめろと言うのは簡単だ。しかし、それでは、お前たちはまたすぐ因縁(いんねん)をつけて、喧嘩を始めるだろう。だから、ここは、俺が見ている前で、思いっきり喧嘩をしてくれ。ただし、武器はなし、人数も同数だ。勝った方には、晩飯に肉を喰わせる」
 リョウの言っていることは、突厥人たちも理解したようだった。思わぬリョウの申し出に、双方の集団が互いに顔を見合わせ、どうしようかと逡巡していた。
「ただし、どっちが勝っても、負けても、明日からは一切喧嘩を禁ずる。約束を破ったら、俺が真っ先にそいつをぶん殴る」
 そう言いながら、リョウはヤズーに(ささや)いた。
「お前は、どっちに付く?」
「俺は、どっちでもない」
「そうだよな、俺と同じだ。だが、どう見ても、本気で戦ったらお前が一番強そうだ。どっちも怪我しない程度で、止めてやってくれ。殴ってもいいが、手加減しろ」
 そう言ってからリョウは、ヤズーを「この男が仕切る」と大声で叫んで、真ん中に押し出した。
 ヤズーの合図で、漢人奴隷五人と突厥(とっくつ)奴隷五人が、ぶつかり合った。十五人の漢人から選ばれた屈強な五人と、最初から五人しかいなかった突厥奴隷では、体力的にも漢人の方が有利かと思えた。しかし、いざ始まってみると、突厥奴隷の方が果敢に戦っている。相手を転がして馬乗りになるのは遊牧民の相撲の技だ。相手と数的有利を作りながら、一人ずつ倒していくのは、軍事訓練で鍛えられたようだ。考えてみれば、こんなところで奴隷になっている突厥人は、敗残兵ばかりだろう。それは、かつての自分と同じだった。一方、漢人奴隷の方は、大半が徴兵を逃れて、あるいは凶作で村から逃げ出した農民なのではないか。
 ヤズーは、滅多打ちされている者を助けたり、逃げようとする者を押し返したり、両陣営から文句を言われながら、うまく立ち回っていた。やがて双方とも、何人もが疲れて地面に座り込んだ。
「もういいだろう。引き分けということで、今晩は全員、肉を喰えるぞ。以後、一切、喧嘩禁止だ、いいな!」
 ヤズーの肩に手をやって(ねぎら)いながら、リョウはそう言って笑った。
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