十六(一)
文字数 1,515文字
その夜、製鉄場の外にあるゲルで、リョウと孫 逸輝 の歓迎会が開かれた。そこには、アユンの妻とまだ幼いアユンの子もいた。子羊の丸焼きや馬乳酒を楽しんでいたリョウは、孫逸輝に漢語で語り掛けた。
「俺には、これが最高のごちそうだが、孫にはこの食事は合わないのでは」
「心配するな、俺は江南で、もっと酷 い飯を食っている」
「もっと酷いとは、やはり羊肉は口に合わないということか」
アユンがそう漢語で口をはさんだので、孫逸輝は驚いた顔をした。
「アユンは、漢語が分かるのか」
「ああ、ここでは親父が六か国語を話せるし、いろいろな民族が混じって暮らしているから、他の言葉も理解する必要がある。それより、孫逸輝も突厥 語が理解できるから注意しろと、上から知らせが入っているぞ」
これにはリョウが驚いて、孫逸輝の顔を見た。孫は警戒した顔でアユンの目を見た。
「親父は三月に長安から戻ってきた。それからというもの、再度上京するようにと何度も催促があった。それでも親父は動かない。それで、長安からは様子を見るための使者や間諜が何人も送り込まれている。もっとも使者にはたっぷりと土産を持たせて帰らせるから、おかしな報告が朝廷に届くことはないし、見つけた間諜は殺している。まさかリョウは、朝廷とは関係ないだろうな」
「ああ、そんな心配はいらない。この孫逸輝だってそうだ。それより俺は、雄武城に行ってみたい」
「明日、俺が連れて行ってやる。ただし、孫逸輝は製鉄場の中に入ることも雄武城に行くことも許されない。まあ捕まって殺されるよりは、その方がいいだろう」
「ああ、かまわない。俺は、山の石でも探しているよ」
笑いながらそう言った孫逸輝の顔が、少しこわばっているようにリョウには見えた。
夜が更けて、リョウは、グネス、アユン、テぺ、バズら昔の仲間と、草原に出て葡萄酒を傾けた。「ここでは涼州の葡萄酒さえ普通に手に入る」と言って、リョウのために、アユンが用意したものだった。
「グネスには、俺の補佐として製鉄場の守備隊長を任せている。テペは、今や部族の副隊長だし、戦となれば千人隊長だ。バズはもう奴隷ではなく、俺のネケルとしていつも一緒だ、安禄山を捕まえたときもな」
リョウは、突厥 の草原の日々を思い出した。奴隷武人としてアユンのネケルとなったリョウは、アユンやネケルのテペと寝食を共にし、初めての大戦 を前に不安でいっぱいのバズたち奴隷武人を、自分の不安も隠して励ましていた。
「一緒にドムズやグネスに鍛えられたのは、もう十数年も前になるんだな。それにしてもテペが千人隊長か…」
「何だ、リョウ、俺が千人隊長で不満なのか。安禄山将軍の下で、アユンは万人隊長だぞ」
テペが自慢そうな顔をしたが、その話には、アユンはむしろ辛そうな顔を見せた。
「奚 や契丹 との戦で、突厥 から従って来た何十人もの仲間を失った。この新しい場所で認められ、生き抜くためには、いつも先頭に立って戦うしかなかった。その代わり、新しい仲間もたくさん増えた」
それだけの言葉に、リョウは、この十年という月日のアユンたちの苦労が見えるようだった。
「そう言えば、シメンからアユンに土産を預かっている。楊貴妃からシメンに下賜されたものらしい」
リョウが手渡した革袋からは、銀の台に真珠をあしらって紐を通した首飾りが出て来た。それは二つに割られたもののようで、半円形の弦は割符のようにギザギザになっている。テペが「もう半分はシメンが持っているのか」と囃 し立てた。
「アユンはシメンとベッタリだったのに、最後にふられたって泣いてたんだぜ。奥さんには内緒だけどな」
リョウの知らないうちに、長安でそんなことがあったのかと、リョウは驚いた。
「俺には、これが最高のごちそうだが、孫にはこの食事は合わないのでは」
「心配するな、俺は江南で、もっと
「もっと酷いとは、やはり羊肉は口に合わないということか」
アユンがそう漢語で口をはさんだので、孫逸輝は驚いた顔をした。
「アユンは、漢語が分かるのか」
「ああ、ここでは親父が六か国語を話せるし、いろいろな民族が混じって暮らしているから、他の言葉も理解する必要がある。それより、孫逸輝も
これにはリョウが驚いて、孫逸輝の顔を見た。孫は警戒した顔でアユンの目を見た。
「親父は三月に長安から戻ってきた。それからというもの、再度上京するようにと何度も催促があった。それでも親父は動かない。それで、長安からは様子を見るための使者や間諜が何人も送り込まれている。もっとも使者にはたっぷりと土産を持たせて帰らせるから、おかしな報告が朝廷に届くことはないし、見つけた間諜は殺している。まさかリョウは、朝廷とは関係ないだろうな」
「ああ、そんな心配はいらない。この孫逸輝だってそうだ。それより俺は、雄武城に行ってみたい」
「明日、俺が連れて行ってやる。ただし、孫逸輝は製鉄場の中に入ることも雄武城に行くことも許されない。まあ捕まって殺されるよりは、その方がいいだろう」
「ああ、かまわない。俺は、山の石でも探しているよ」
笑いながらそう言った孫逸輝の顔が、少しこわばっているようにリョウには見えた。
夜が更けて、リョウは、グネス、アユン、テぺ、バズら昔の仲間と、草原に出て葡萄酒を傾けた。「ここでは涼州の葡萄酒さえ普通に手に入る」と言って、リョウのために、アユンが用意したものだった。
「グネスには、俺の補佐として製鉄場の守備隊長を任せている。テペは、今や部族の副隊長だし、戦となれば千人隊長だ。バズはもう奴隷ではなく、俺のネケルとしていつも一緒だ、安禄山を捕まえたときもな」
リョウは、
「一緒にドムズやグネスに鍛えられたのは、もう十数年も前になるんだな。それにしてもテペが千人隊長か…」
「何だ、リョウ、俺が千人隊長で不満なのか。安禄山将軍の下で、アユンは万人隊長だぞ」
テペが自慢そうな顔をしたが、その話には、アユンはむしろ辛そうな顔を見せた。
「
それだけの言葉に、リョウは、この十年という月日のアユンたちの苦労が見えるようだった。
「そう言えば、シメンからアユンに土産を預かっている。楊貴妃からシメンに下賜されたものらしい」
リョウが手渡した革袋からは、銀の台に真珠をあしらって紐を通した首飾りが出て来た。それは二つに割られたもののようで、半円形の弦は割符のようにギザギザになっている。テペが「もう半分はシメンが持っているのか」と
「アユンはシメンとベッタリだったのに、最後にふられたって泣いてたんだぜ。奥さんには内緒だけどな」
リョウの知らないうちに、長安でそんなことがあったのかと、リョウは驚いた。