八(二)
文字数 1,356文字
長安の「青海邸」は、順調に商売を広げていた。馬を増やすのに併せて、石 傳若 と相談し、番頭のソグド人や馬丁も増やしていた。リョウは、少し長旅になるからと、店は番頭らに任せ、田 為行 と北の草原を訪ねる旅に出発した。進が留守番は嫌だと駄々をこねたが、今回は私的な旅だからと説得して置いてきた。本格的な冬になる前にと馬を急がせ、五日目の夕刻に、リョウが家族と共に暮らした草原に着いた。
探索は明日にでもしようと焚火を起こし、夕食を食べた後、田為行が遠くを指差した。
「あそこにも煙が上がっている」
「ここら辺は、突厥 遺民の遊牧民が暮らしている。子供の頃、羊の飼い方を習ったりしたものだ」
「それならいいが、長安を出てから、ずっと誰かに付けられている気がする」
「田も気付いていたか、俺もそう思う。用心するに越したことはないな」
そう言いながら、馬に付けた矢筒と弓を点検し、剣と飛刀の石鑿 を装填 した革帯を枕元に置いて寝ることにした。寝転がったリョウの眼に満天の星が飛び込んできた。辺りに灯りの無い草原で星を見るのは、本当に久しぶりだなと、リョウはしばしその星空に見入った。この草原で、父や母、そしてシメンと星を見上げた日々が思い出されて、リョウは不覚にも泣きそうになったが、やがてその闇に吸い込まれるように眠った。
朝になっても、特に変わったことはなかった。思い過ごしだったかと気を取り直し、父の言った栗の木を探すことにした。集落が襲われ、焼き払われてから十を年以上が経っている。その後は誰も住んでいなかったのだろう、辺り一面は背の高い草に覆われ、様子が全く違っていた。それでも、小川の位置や砦 代わりにしていた大きな岩の場所から、暮らしていた場所の大体の見当は付けられた。
しかし栗の木は何本も生えている。近くの遊牧民が拾いに来るのだろうか、栗の実はもう落ちてはおらず、実を落とした茶色のイガだけがそこら中に散らばっていた。
「この栗の木の根元を全部掘るのはちょっと厄介だな。リョウは、どの木か分かるのか?」
「そこまでの記憶はないが……」
リョウは、困って立ち止まり、辺りを見回した。遠くの山が目に留まったとき、ふいに記憶がよみがえった。それは、栗の木に向かって石鑿 を投げる練習をしたときの、父アクリイの声だった。
「いいか、目の前の木に当てようと思って投げてもだめだ。勢いが弱るし、かえって方向が狂う。後ろの山を目掛けて投げるんだ」
そう言ってリョウの後ろに立った父は、遠くの山の嶺を指差した。草原の向こうには山脈が連なっていて、その中でも一番高い山の頂が栗の木の向こうに重なって見えた。言われるままに、その山に向かって思いっきり投げたリョウの石鑿は、木を超えるかと思うほど高く飛び、枝に当たって落ちた。
「すごいぞ、リョウ!あんなに高く放れるんだ。今度は、もっと離れて投げて見ろ」
リョウの肩に手をかけて、抱くようにして後ろに引っ張る父の手の温 もりがよみがえった。
「お兄ちゃん、私にも投げさせて」
シメンの声と、それを見守る母の優しい目もよみがえって、リョウは呆然と立ち尽くした。「大丈夫か、リョウ」という田為行の呼びかけに、ハッとしたリョウは、遠くの山と木を合わせて見ながら歩きまわり、一本の栗の木の前で立ち止まった。
「この木だ」
探索は明日にでもしようと焚火を起こし、夕食を食べた後、田為行が遠くを指差した。
「あそこにも煙が上がっている」
「ここら辺は、
「それならいいが、長安を出てから、ずっと誰かに付けられている気がする」
「田も気付いていたか、俺もそう思う。用心するに越したことはないな」
そう言いながら、馬に付けた矢筒と弓を点検し、剣と飛刀の
朝になっても、特に変わったことはなかった。思い過ごしだったかと気を取り直し、父の言った栗の木を探すことにした。集落が襲われ、焼き払われてから十を年以上が経っている。その後は誰も住んでいなかったのだろう、辺り一面は背の高い草に覆われ、様子が全く違っていた。それでも、小川の位置や
しかし栗の木は何本も生えている。近くの遊牧民が拾いに来るのだろうか、栗の実はもう落ちてはおらず、実を落とした茶色のイガだけがそこら中に散らばっていた。
「この栗の木の根元を全部掘るのはちょっと厄介だな。リョウは、どの木か分かるのか?」
「そこまでの記憶はないが……」
リョウは、困って立ち止まり、辺りを見回した。遠くの山が目に留まったとき、ふいに記憶がよみがえった。それは、栗の木に向かって
「いいか、目の前の木に当てようと思って投げてもだめだ。勢いが弱るし、かえって方向が狂う。後ろの山を目掛けて投げるんだ」
そう言ってリョウの後ろに立った父は、遠くの山の嶺を指差した。草原の向こうには山脈が連なっていて、その中でも一番高い山の頂が栗の木の向こうに重なって見えた。言われるままに、その山に向かって思いっきり投げたリョウの石鑿は、木を超えるかと思うほど高く飛び、枝に当たって落ちた。
「すごいぞ、リョウ!あんなに高く放れるんだ。今度は、もっと離れて投げて見ろ」
リョウの肩に手をかけて、抱くようにして後ろに引っ張る父の手の
「お兄ちゃん、私にも投げさせて」
シメンの声と、それを見守る母の優しい目もよみがえって、リョウは呆然と立ち尽くした。「大丈夫か、リョウ」という田為行の呼びかけに、ハッとしたリョウは、遠くの山と木を合わせて見ながら歩きまわり、一本の栗の木の前で立ち止まった。
「この木だ」