七(二)

文字数 1,096文字

 「鄧龍(とうりゅう)」の石工だという(でん)為行(いこう)は、小柄でがっちりとしているが、言葉遣いからは石工というよりは、店の番頭という感じだった。田為行は、しばらく躊躇(ちゅうちょ)していたが、やがて口を開いた。
(こう)憶嶺(おくれい)の知人であることを示すものを、何かお持ちですか」
 リョウは、腰の革帯から破岩剣を抜き出して、田に見せた。
「あっ、これは!」
 驚いたのは田の方だった。
「これを持っている事情は、ご主人に直接お話ししたい。『鄧龍』で会うのがご迷惑ならば、西市の『青海邸』を訪ねてくれるよう、ご主人にお取次ぎ願えませんか」

 リョウと田が会った三日後の朝、「鄧龍(とうりゅう)」から使いがあり、昼過ぎに「鄧龍」の主人、(とう)龍恒(りゅうこう)が「青海邸」を訪ねて来た。龍恒の片腕だという、田為行も一緒だった。奥の部屋に案内された鄧龍恒は、持参した包を開いてリョウに開けるよう促した。
「これは……」
 今度驚いたのはリョウの方だった。それは、破岩剣とよく似たものだった。ただ、ほとんど使われた形跡はなかった。リョウの破岩剣は、(つか)に巻いた布が薄汚れ、()り切れているが、目の前に出されたものは柄も刃も真新しかった。柄の中心にはめ込まれた緑の石も、磨かれて宝石のような輝きを放っている。
 リョウは、あらためて自分の破岩剣を机上に置いた。柄に巻いた布を(ほど)くと、はめ込まれた緑の石が現れ、鈍い光を放った。それを確かめた(とう)龍恒(りゅうこう)は、居住まいを正し、しっかりとリョウの眼を見た。リョウも、その眼を見返した。
 (とう)龍恒(りゅうこう)が一つ、二つと(うなず)いて、一語、一語、確かめるように、ゆっくりと口を開いた。

「あなたは、私の妹、朝虹(ちょうこう)の子……、リョウではないのか」
 
 リョウは何も言えなかった。突然聞いた母の名に、涙がにじみ出し、こらえようとしてもこらえきれずに、やがて両眼から静かに伝い落ちて来た。田も隣で、膝に当てた拳を固く握りしめ、忍び泣きしている。鄧龍恒が、リョウの両手をそっと握り、リョウを見た。
「よくぞ、生きていた。田から話を聞いて、もしやリョウではないかと思っていたが、やはりそうだったか。して、朝虹はどうした?」
「私の目の前で切られて……、父もたぶん……」
 覚悟はしていたのだろうか、鄧龍恒は驚いた顔は見せなかった。しかし、しばらくは言葉を発することができず、唇を引き結んで宙をにらんでいた。子供の頃のリョウは、母の兄であるこの伯父のことを良く知らなかった。かわいがってもらった記憶もなく、むしろ怖いと思っていた。ただ、今その両眼に涙をにじませている伯父を見たリョウは、この人になら何でも話して良いだろうと、それまで両肩に背負っていた、どうしようもなく重い荷物を下ろせたような、そんな気がしていた。

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