八(一)

文字数 1,188文字

 家族が北の草原で襲われた真相を、伯父の(とう)龍恒(りゅうこう)から聞いて一月ほど経った。季節は、秋から冬に向かっていて、もう少しすれば北の草原も雪に覆われてしまうだろう。行くなら今しかないとリョウは思い、そのことを龍恒に伝えに行った。
「父さんが長安を追放され、家族が草原で襲われた理由を知りたいと、ずうっと思ってきた。自分も、シメンも、なぜ突厥(とっくつ)の奴隷として生きなければならなかったのか……、半分は恨み言のようなものかもしれないが」
 その日も、(でん)為行(いこう)が同席していた。
「分かってみれば、本当に、残念な理由だった。金や権力への欲望とその争いに巻き込まれてしまった。それは父さんが望んだ世界とは、まったく違う世界だ。父さんが俺に言った。隊商(キャラバン)というのは、大きな世界で人の夢を運ぶ仕事だと。その道半ばで長安を追われた父さんの無念が、今なら良くわかる。母さんも言っていた。長安から追放されて、北の草原で一からまた隊商の仕事を始めた父さんは、生き生きしていたと。一区切りついた今、俺も、これからどうするか、もう一度考えてみたい」
「リョウは、石工としての腕もたいしたものだ。お前は『青海邸』で商人を続けるようだが、『鄧龍(とうりゅう)』で石工の頭領をやる気はないか。いや、なに、息子の龍溱(りゅうしん)が、石工より商売の方に興味があるようでな」
「そう言って頂けるだけでありがたい。石に向かい、石を彫ることは、いつも自分の心の支えになっていた。ただ、今は、『青海邸』の仕事もちゃんとやらなければと思っている。それは、父さんの言っていた夢を運ぶ仕事だし、俺ももっと広い世界を知りたいから」
「そうか、西域にも行きたいのだな」
「西域の果てまで見てみたいし、東の海も行ってみたい。でもその前に、父さんや母さんと暮らした北の草原に行かなくてはと思っている。そこの栗の木の下に、西胡屋(さいこや)に預けた財産の証文を埋めてある、と父さんが言っていた。いつか行かなくてはと、ずうっと思ってきた」
「西胡屋が無い今、その証文は何の役にも立たないだろう。それに、もともと財産没収となったのだから、隠し財産があったなんて今更言えない。その財産はあきらめるんだな」
「それは分かっている。今さら、証文なんかどうでもいい。ただ、父さんが最後に言った言葉を、ちゃんとやり遂げてからでないと、次の新しいことができないと思って」
「わかった。それでお前の気が済むなら行ってみたらどうだ。田為行を護衛に付けてやるから、一緒に行ってこい。ただ、(りゅう)涓匡(けんきょう)や『八郭邸(はっかくてい)』の(かく)壮傑(そうけつ)らを、(かたき )と付け狙うようなことは絶対にするなよ。()林甫(りんぽ)(ちょう)萬英(まんえい)らの一派に潰された家は百家を超え、殺された者、追放された者はその何倍にもなる。怨嗟(えんさ)の声は街中に渦巻いていても、それを押し潰すほどの監視の目が張り巡らされている。自分の身を守るために隣の家の者を密告することも当たり前だ。くれぐれも自重しろ」
「分かった。気をつける」
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