十一(四)

文字数 1,297文字

 胡旋舞(こせんぶ)を舞う一団の踊りが終わり、サーっと左右に引いた踊り子たちの真ん中に、楚々とした薄紅色の舞服を着た一人の女がゆっくり進み出てきた。辺りは静かになり、緩やかな竪琴の悲しげな音色に合わせて、女は優雅に舞った。花の舞と言われる軟舞(なんぶ)(緩やかな踊り)だった。やがてその曲は速さを増し、笛と太鼓も加わり、両手から繰り出す絲帯(リボン)は怪しく身体にまといつき、次に四方に高々と放たれた。
 やがて軟舞は胡旋舞に替わり、それを待っていたかのように、胡服を着た男が、剣を振りかざして舞姫に迫る。放り投げた絲帯(リボン)に替えて短剣を持った舞姫が、クルクルと翼のように袖をなびかせて回り、剣と短剣が交差する。優雅と勇壮が混然一体となった踊りと音楽に、観客は手拍子と喝采で応じた。女の白い胸元がまぶしい、そう思ったリョウは、一瞬、相方の男の頬に傷があるのを見て、頭の中を雷光が走った。「シメン!」、そう感じて良く見ようと思うが、動きが速くて顔が見えない。
 踊り終わって歓声にこたえる二人に近づこうと、リョウはみんなを置いたまま、走り出した。しかし、群衆の中で思うように進めない。そのとき、強い力で服をつかまれ、足払いで後ろに引き倒された。リョウの周りを祭りの仮面をかぶった男たち数人が囲んでいた。
「こっちに来い」
 両腕をつかまれ、引きずられるように横の路地の暗がりに連れて行かれた。同じ茶色の頭巾を被った男たちは、路地の奥と手前を(ふさ)いで、リョウが奥にも大通りにも逃げられないように立ちはだかった。
「『青海邸』の(せき)(りょう)だな」
「だとしたら何だ」
 いきなり一番大きな男が懐から短刀を抜き出し、有無を言わさずリョウに突っかかってきた。とっさに後ろに飛びのいたリョウだが、そこに居た男からドンと押されて真ん中に戻された。今度は、周りの男たちも、次々と短刀を(さや)から抜き出して、ジリ、ジリっと囲みを縮めてくる。
 リョウは飛びかかってきた男の短刀を避け、その手を両手で掴みながらくるりと回って背中と肩で男の鼻っ柱に当て身を食らわせた。そのまま横に走り、店の軒先に掲げられた釣り提灯の竿に飛びつくと、提灯が落ち、ろうそくの火が火袋(ひぶくろ)(覆い)に移って燃え上がった。リョウは手にしたその三尺(約1m)ばかりの竹竿を剣代わりにして、男たちと対峙した。
「しゃらくせい、一度にかかるんだ!」
 頭の声に男たちがさらに間を詰めてくるのを見て、リョウは自分の方から先頭の男に向かって走り、振り上げた竹竿でその額を叩き割った。そのまま間髪入れずに左右の男の手首を打って短刀を叩き落とした。多勢に無勢では、一か所に留まることは死を意味する。戦場で鍛えられた本能が無意識にリョウの身体を動かし、リョウは右に、左に飛び、短刀を避けながら、次々と敵に竹竿を振るった。
「誰だあ!」
 大通りから数人が走りこんでくるのが見えた。リョウを襲っていた一団は、それを見て路地の奥に逃げ去った。一息ついたリョウが見た竹竿の先は、ブサブサに割れていた。駆けつけてきたのは、タンと進、それに龍溱だった。
「突然、走り出したと思ったら、群衆の中に消えたので、探していた」
 タンがホッとした顔を見せた。
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