十四(四)

文字数 1,286文字

 真夏になり、リョウは長安郊外にある「鄧龍(とうりゅう)」の石切り場にいた。山の上なので、酷暑の長安より少しは過ごしやすい。ただ、ここに来たのは避暑のためではなかった。
 リョウは、眼前に並んだ百人を前に馬上から呼びかけた。
「今日ここに集まったのは、『鄧龍』、『飛龍』の石工だ。みんな、何代も前から、結束して戦うために、秘伝の武術を引き継いできた者だ。しかし、三十年にも及ぶ平和な世で、腕がなまっているだろう。大乱が来た時に、自分と家族の命を守り、仲間を救えるよう、これから毎月、ここで武術の訓練をする」
 いったんは五竜(ほう)に迎えられたリョウだが、「黒龍」が(ちょう)萬英(まんえい)やその政商の(かく)壮傑(そうけつ)と組んで、あこぎな商売をやり始めたことで、朋の意義に疑問を持ち始めていた。互助的なはずの情報網も、一方的に都合の良いことだけが流布され、真偽さえ疑われるようになっている。どの権力者にも(くみ)せず、絶対に秘密を守るという朋の理念は風前の灯だった。それに加えて、郭壮傑の「八郭(はっかく)邸」に巣食っている(そう)刺映(しえい)ら無頼漢どもは、リョウの命さえ狙っている。
 リョウは、朱ツェドゥンの話や五竜朋の情報から、平和な長安の街にも辺境からの大風が吹いてくる予感がして、備えておかねばと考えていた。しかし「黒龍」は信頼できないと考え、炳霊寺(へいれいじ)石窟の石工の師匠で「飛龍」に顔の聞く哲とも語らい、新しい影の軍団を作ろうと動き始めたのだった。哲と縁のある貴族の裴寛(はいかん)からも、「炳霊寺を守ってくれたリョウの軍団なら」と、内々にかなりの資金が出ていたが、その背後には今の朝廷内の荒廃を嘆く貴族たちがいるようだった。年老いて寝ていることが多くなった裴寛に代わり、実際は息子の裴賢(はいけん)が皇太子を支えているという。リョウは、さらに続けた。
「飛刀や短剣など石工秘伝の武術は、『鄧龍』の(でん)為行(いこう)、『飛龍』の哲が師範として教える。まずは錆びた武器を磨くんだ」
 リョウは、辺境の防備が蕃将に移り、唐の地方太守のもとでは、武器庫の武器さえ錆びついて使えないか、あるいは無くなっているのだという話を聞いていた。それは石工たちの飛刀も同じで、錆びついていることを知っている。
 リョウの隣にはタンがいた。リョウに石工たちの武術の訓練を頼まれたタンは、「俺はもう誰も殺さない」と言って断ったのだが、「殺すためではない、命を守るためだ」というリョウの説得に根負けして、月に一度の訓練に参加することになっていた。
「ここにいるタンと俺が、剣術や弓術を教える」
 そう言ったリョウは、短弓を構えて、馬を走らせた。
「それに、これからは馬の時代だ」
 リョウが空中に向かって矢を射ると、それを合図に石切り場の入口から数十頭の馬が駆け込んできて、皆を驚かせた。唐軍の馬術しか知らない進には、ジグザグに走って敵を翻弄する突厥(とっくつ)のガゼル戦法なども教えていた。
「『青海邸』の進が、馬術も教える。武術の訓練は隊商に加わる若いソグド商人も一緒だ。夜はみんなで一緒に宴会だ。せいぜい汗を流してくれ」
 進が馬を寄せてきた。
「これで俺は将軍か?」
「まずは隊長からだ。ただし、お前の剣と弓はもう一度、鍛えなおさなくてはな」
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