十八(三)
文字数 1,454文字
長安の朝廷では、安禄山に替えて安西節度使の封 常清 を新たな范陽 ・平盧 節度使に任命した。封常清は直ちに洛陽に向かったが、優れた戦術家の封常清であっても、急遽集めた烏合の衆、六万の兵では洛陽を守り切れず、十二月十二日には陥落したとの情報が平原城にも入ってきた。リョウの心配した通り、洛陽でも虐殺や乱暴狼藉があったと伝えられた。
早馬で洛陽陥落の知らせが届いてからわずか二日後、平原城に洛陽から安禄山の使者が着いた。恭順の意を示した顔 杲卿 と異なり、顔 真卿 は未だ態度を明らかにしていなかったからだ。使者は、洛陽の高官三名の首級を見せて、顔真卿も直ちに安禄山の命に従うことを声高に求めた。
しかし顔真卿は「わしは洛陽の官僚たちを良く知っているが、その首級は偽物だ」と言って使者を斬り殺してしまった。奪い返した三人の首級を、内密に丁寧に葬った後、顔真卿は城の主だった者だけに打ち明けた。
「あの首は偽物ではない、本人たちのものだ。しかし、ああでも言わないと皆、動揺しただろう」
その後すぐに、常山との連絡役として平原に居た顔 季明 とリョウは顔真卿に呼ばれた。
「時は今だ。志を同じくする周辺の郡県から、一万の兵を集めるめどがついた。わしは今日、賊将を斬り捨てて旗幟 を鮮明にした。季明は、そのことを常山の杲卿兄に伝え、わしと連携して立ち上がるよう、内密に伝えてくれ」
それから、皮肉っぽい眼をリョウに向けながら言った。
「道中、雑胡どもの雑兵 に出くわしても困る。幸い、リョウは反乱軍にも顔が利くから、護衛として一緒に行ってくれ」
各地に散らばった「青海邸」の男たちには、もう長安に戻るよう指示していた。残っていたリョウと進、それに孫 逸輝 は、直ちに、季明と共に常山に向かった。
「叔父上は、安禄山の使者を殺してしまった。もう後戻りはできない。一方、父は安禄山から紫の衣をもらって常山を守っている。俺はどうしたら良いんだ」
「安禄山軍は、陳留と洛陽の街で、虐殺の愚を犯し、今、華北には恐怖と怨嗟 の声が満ちている。多くの地方の士が反安禄山で立ち上がるだろう。残念だが、俺も、もう安禄山軍を支持する理由を無くしてしまった。かといって、こうなるように仕向けて来た楊 国忠 や趙 萬英 も許せない」
「長安に居るときは、自分も周りの友人たちも、朝廷の方針に何の疑問も持たずにいた。しかし、俺には何も見えていなかったのだ。父と共に幽州や博陵 で暮らすうちに、周辺の民族をいかに虐 げて来たのか、辺境の地の農民や兵士にどれほど過酷なことを強いて来たのか。そして、その最前線に立ちながら、敵さえも懐に取り込んでしまう安禄山の大きさと、その自由の気に触れ、今の朝廷の方針に疑問を持つようになった。しかし、この状況では、残念だが、俺も父や叔父の一族と共に、安禄山を相手に戦うしかない。リョウだって、長安の店や家族を守るためには、それしかないだろう」
リョウは、季明の言葉にうなずきながらも、心の中では「俺は家族も、アユンも、両方を守りたい」と思っていた。
三人が常山城に着いたのは十二月二十二日昼過ぎ、洛陽陥落から十日経っており、その知らせは既に常山にも届いていた。顔 季明 はリョウだけを連れて父の顔 杲卿 に会い、顔 真卿 からの手紙を渡し、平原で起こったことと、安禄山から離反するようにという叔父の言葉を内密に伝えた。
「ご苦労だったな、季明。しかし、心配するな。父は安禄山がくれた紫の衣など、とっくに破り捨てておるわ。わしらは朝廷への節義を守ることを家訓とする顔氏であるぞ」
早馬で洛陽陥落の知らせが届いてからわずか二日後、平原城に洛陽から安禄山の使者が着いた。恭順の意を示した
しかし顔真卿は「わしは洛陽の官僚たちを良く知っているが、その首級は偽物だ」と言って使者を斬り殺してしまった。奪い返した三人の首級を、内密に丁寧に葬った後、顔真卿は城の主だった者だけに打ち明けた。
「あの首は偽物ではない、本人たちのものだ。しかし、ああでも言わないと皆、動揺しただろう」
その後すぐに、常山との連絡役として平原に居た
「時は今だ。志を同じくする周辺の郡県から、一万の兵を集めるめどがついた。わしは今日、賊将を斬り捨てて
それから、皮肉っぽい眼をリョウに向けながら言った。
「道中、雑胡どもの
各地に散らばった「青海邸」の男たちには、もう長安に戻るよう指示していた。残っていたリョウと進、それに
「叔父上は、安禄山の使者を殺してしまった。もう後戻りはできない。一方、父は安禄山から紫の衣をもらって常山を守っている。俺はどうしたら良いんだ」
「安禄山軍は、陳留と洛陽の街で、虐殺の愚を犯し、今、華北には恐怖と
「長安に居るときは、自分も周りの友人たちも、朝廷の方針に何の疑問も持たずにいた。しかし、俺には何も見えていなかったのだ。父と共に幽州や
リョウは、季明の言葉にうなずきながらも、心の中では「俺は家族も、アユンも、両方を守りたい」と思っていた。
三人が常山城に着いたのは十二月二十二日昼過ぎ、洛陽陥落から十日経っており、その知らせは既に常山にも届いていた。
「ご苦労だったな、季明。しかし、心配するな。父は安禄山がくれた紫の衣など、とっくに破り捨てておるわ。わしらは朝廷への節義を守ることを家訓とする顔氏であるぞ」