十六(五)
文字数 1,404文字
リョウと孫 逸輝 は、交互に、幽州の街や雄武城の様子、安 禄山 の言葉などを伝えた。孫逸輝は、情報を慎重に選んでいるように感じたが、リョウは何も隠すことはないと思っていた。
「安禄山は、謀反を企んでいるわけではないと感じた。部下や商人からの信望も篤く、街は活気がある。ただ、楊国忠に目の敵にされ、執拗に嫌がらせをされて、閉口しているようだった。それと、病気のせいか、身体がだいぶ弱っているように見えた」
顔 真卿 は少し不機嫌な顔になった。
「お前はまだ若い。自分のことしか考えていないのに、それを陛下のためだとすり替える楊 国忠 などは、まだわかりやすい悪人だ。本当に悪い奴は、陛下に擦り寄り、太った体で胡旋舞 を舞い、赤子の真似までさせられても文句ひとつ言わず、馬鹿なふりをしながら、虎視眈々と権力の座を狙っている」
赤子の真似というのは、三年前の安禄山の誕生日に、楊貴妃の戯 れで、刺しゅうを施した錦で大きな襁褓 (産着やおしめ)を作って安禄山に着させ、宮廷内を輿 に乗せて練り歩いた事件のことだ。それは長安の街中でも噂になっていたので、リョウも知っていた。
話を聞いていた顔 杲卿 の子、顔 季明 が難しい顔をした。
「父は、安禄山に引き立てられ、范陽節度判官(節度副使の次の位)になった。しかも、来年から常山郡の太守も兼ねるとの内示があった。安禄山が楊国忠と争うということは、父も朝廷に盾突くことになる。そんなことは起こってほしくない。もし、そうなったら、どうすれば良いのか」
「わしらは孔子の高弟、顔 回 を一門から出し、歴代の王朝で重きをなしてきた名家だ。時々の権力とは一線を画し、出世は望まず、学問と節義をもって仕えて来たからこそ、今がある。季明とて『顔氏家訓』は読んだであろう。『仕官は二千石の官を超えてはならず、結婚相手に権勢を誇る家の者を望むな』とある。楊国忠と安禄山が争おうが、わしらには関係ない。ただ、ひたすら陛下に仕えるだけだ」
「私の情報では、その背後には安禄山と楊国忠を対立させて漁夫の利を得たい、趙 萬英 の画策があるようです」
リョウの言葉に、顔真卿はさらに不機嫌な顔をした。
「間諜まがいの情報に右往左往せずに、我らはただ何が正しいかを考えて行動すれば良い。楊国忠は国の宰相、趙萬英は禁軍の大将軍で陛下をお守りする立場だ。わしも楊国忠にはさんざん煮え湯を飲まされてきたが、一朝 事 あらば、陛下のために働くことは決まりきったことだ。楊国忠も趙萬英も、ましてや安禄山など関係ない。兄上(年上の従兄の杲卿のこと)にそう伝えてくれ。これからは季明が、ここ平原と常山の間の連絡役を務めるのだ」
もうそれ以上の話は不要だと、追い払われるように部屋を出たリョウと孫逸輝を、顔季明が追いかけて来た。
「せっかく情報をくれたのに申し訳ない。叔父はあのとおりの頑固者だから、いつも左遷ばかりだ」
「俺は、正直言って、契丹 も突厥 も奚 もなく、周囲を味方に引き入れていく安禄山の包容力に魅力を感じた。幽州の街で暮らす人たちからは、もう戦火におびえることもないという安心感と、自由を楽しむ気風が感じられた。唐がこれほど繫栄できたのも、かつては、そういう自由な風があったからだろう」
「実は俺も幽州で同じことを感じた。これまでは東西の風だったが、これに南北の風を加えれば、それこそが、より良い国の形になるのではないかと。しかし、叔父は全く認めてくれないのだ」
「安禄山は、謀反を企んでいるわけではないと感じた。部下や商人からの信望も篤く、街は活気がある。ただ、楊国忠に目の敵にされ、執拗に嫌がらせをされて、閉口しているようだった。それと、病気のせいか、身体がだいぶ弱っているように見えた」
「お前はまだ若い。自分のことしか考えていないのに、それを陛下のためだとすり替える
赤子の真似というのは、三年前の安禄山の誕生日に、楊貴妃の
話を聞いていた
「父は、安禄山に引き立てられ、范陽節度判官(節度副使の次の位)になった。しかも、来年から常山郡の太守も兼ねるとの内示があった。安禄山が楊国忠と争うということは、父も朝廷に盾突くことになる。そんなことは起こってほしくない。もし、そうなったら、どうすれば良いのか」
「わしらは孔子の高弟、
「私の情報では、その背後には安禄山と楊国忠を対立させて漁夫の利を得たい、
リョウの言葉に、顔真卿はさらに不機嫌な顔をした。
「間諜まがいの情報に右往左往せずに、我らはただ何が正しいかを考えて行動すれば良い。楊国忠は国の宰相、趙萬英は禁軍の大将軍で陛下をお守りする立場だ。わしも楊国忠にはさんざん煮え湯を飲まされてきたが、
もうそれ以上の話は不要だと、追い払われるように部屋を出たリョウと孫逸輝を、顔季明が追いかけて来た。
「せっかく情報をくれたのに申し訳ない。叔父はあのとおりの頑固者だから、いつも左遷ばかりだ」
「俺は、正直言って、
「実は俺も幽州で同じことを感じた。これまでは東西の風だったが、これに南北の風を加えれば、それこそが、より良い国の形になるのではないかと。しかし、叔父は全く認めてくれないのだ」