十三(三)

文字数 1,337文字

 通りを進む(あん)禄山(ろくざん)の軍勢は、少人数とは言え、見るからに騎馬民族のなりをした兵士が多く、リョウは懐かしかった。契丹(きったん)(けい)、それに突厥(とっくつ)の兵士も交じっているようだ。列の真ん中あたり、ひときわ大きな身体の男が安禄山だろう。ソグド人の父の血を引くというその男は、顔も大きく、窪んだ眼と高い鼻、それに立派な口髭(くちひげ)顎髭(あごひげ)を生やしている。(かぶと)は外し、鉄製の鉢巻きの上に豊かな髪を元で結わえて後ろに垂らしている。金色にも見える華美な鎧の腹に、赤い紐で結わえているのは狼の面のようだ。あれは母である突厥人のしるしだろうか。「俺たちの一族は狼の血を引いているんだ」と言ったアユンのことが思い出された。
 最後方を進んできた一団は、黄色の細長い三角旗を掲げていた。ウイグルとの大会戦で、突厥の一族に、そういう旗を掲げる部族がいることを知っていたリョウは、その集団の真ん中を進む主を見上げた。他の兵士たちとは明らかに違う、文官の服を着ている。立派な服や涼しげなその顔から、突厥の貴族と思われたが、目をつむっているのが気になった。その時だった。その主のすぐ横を行く突厥兵の横顔がチラッと見えた。「アユン?」
 まさかとは思いながらも、通りの端で見ていたリョウは、列に向かって走り寄った。夕暮れ時でもあり、兜をかぶったその顔はよく見えずに、馬の行列はどんどん前方に過ぎ、あっという間に屋敷の門を潜って行ってしまった。
 リョウは、一人で笑った。「この頃は、色街で女を見れば(てい)かと思い、珍しく突厥の兵士を見ればアユンかと思う。シメンが見つかっただけでも幸運なのに、俺はまだあの突厥の記憶から抜け出せずにいるのか」
 シメンに頼んだ「楊貴妃の織女(おりめ)」の消息も、未だにわかっていなかった。宮中の織女が七百人もいるとは言っても、何かの褒美をもらった女なら、すぐに見つかるのではないか、そう思っていたリョウは期待が外れてがっかりしていた。

 「鄧龍」に戻ったリョウは、今見てきた安禄山の入京の様子を皆に話した。安禄山が少人数を引き連れただけで入京したのには訳がある、と言ったのは(とう)龍恒(りゅうこう)だった。
「すでに皇帝から、高い地位も多大な戦力も、さらに膨大な戦費も受け取っている安禄山にとって、今欲しいものは宰相の地位くらいで、むしろ敵に襲われる恐れもある長安など、長居はしたくないのだ」
 最新の五竜(ごりゅう)(ほう)の情報を持つ(とう)龍溱(りゅうしん)(でん)為行(いこう)の分析は、さらに詳細だった。
「もう一つ理由がある。安禄山は昨年の八月、契丹(きったん)との戦で大敗を喫した。仕返しに三月、二十万の大軍で契丹を征伐することを願い出た。そのため、突厥(とっくつ)から唐に(くだ)った阿布思(アフシ)の軍勢を征伐軍に組み入れることを奏上した。阿布思(アフシ)()献忠(けんんちゅう)という唐名を賜り、朔方(さくほう)節度使となっていたが、安禄山がその地位を奪おうとしていると恐れて、唐を見限り、北に逃走した」
「その後の朔方節度使には、知っての通り安思順が登用された。安思順は安禄山の義理の従兄弟(いとこ)だ。ただ、この二人はめっぽう仲が悪い。陛下が心配して、安禄山、安思順、哥舒(かじょ)(かん)の三人に兄弟の義を結ばせたが、その実、反目はむしろ深まっていて、長安ではゆっくり眠ることもできないのだ」
 ますます世の中の動きは、蕃将の動向に左右される、不安定な状況になってきているようだった。


 
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