「燎原の火(完結編)」あとがき

文字数 1,883文字

 「石刻師リョウ Ⅲ燎原の火」は、「Ⅰ草原の風」に始まり「Ⅱ荒原の道」へと続いた「石刻師リョウ」シリーズ三部作の完結編である。
 22歳になったリョウは、敬愛する皇甫(こうほ)惟明(いめい)将軍の死に打ちのめされ、朱ツェドゥンの紹介で、炳霊(へいれい)寺の石窟にこもり、ひたすら石刻に(いそ)しむ。これで漸く、リョウが石刻師らしくなったわけである。
 しかし、激動する時代は、リョウに石刻の世界に留まることを許さない。やがて、この炳霊寺も長安の政争の影響を受け、リョウは新たな戦いに臨むことになる。その中で、父や自分が襲われた理由も明らかになる。やがて、「荒原の道」でユーラシア大陸の各地に散ったリョウ、シメン、アユン、タンは、それぞれに長安を目指すが、そこに歴史上有名な「安史(あんし)の乱」が勃発する。

 書き終えた日、「ようやく終わったな、良くここまで来たものだ」と安堵(あんど)した。途中で何度、何も思い浮かばずに、空を見上げる日々があったろうか、そして健康不安もあった。まずは、ここに到達したことに感謝したい。
 「安史の乱」という、唐の歴史上でも特筆される大乱を背景に、実在した数々の貴族や将軍が登場し、その中で「石刻師リョウ」という小説の中で生まれ育った若者たちが、必死に生きていこうとする。その物語は、自分の想像力を超えて、その登場人物たちが自ら創り出したもののように感じる。

 本書の執筆に当たっては、遊牧民や唐の歴史を研究されている諸先生の著書を参照させて頂いた。主なものをここに記して、御礼申し上げたい。
「シルクロードと唐帝国」 森安孝夫著 講談社学術文庫
「シルクロード世界史」 森安孝夫著 講談社選書メチエ
「遊牧民から見た世界史(増補版)」 杉山正明著 日経ビジネス人文庫
「古代遊牧帝国」 護雅夫著 中公新書
「馬の世界史」 本村凌二著 中公文庫
「唐代の国際関係」 石見清裕著 山川出版社
「唐―東ユーラシアの大帝国」 森部豊著 中公新書
「新唐書」 古賀登著 明徳出版社(中国古典新書)
「資治通鑑」 資治通鑑邦訳Wiki(WEB)
「新唐詩選」 吉川幸次郎・三好達治著 岩波新書
「唐宗伝奇集(上)(下)」 今村与志雄訳 岩波文庫
「古代中国の24時間」 柿沼陽平著 中公新書
「中国道教の展開」 横手裕著 山川出版社
「ブッダの真理のことば感興のことば」 中村元訳 岩波文庫
「仏教への道」 松本史朗著 東書選書
「物語 チベットの歴史」 石濱裕美子著 中公新書
「顔真卿 剛直の生涯」 外山軍治著 創元社
「顔真卿伝-時事はただ天のみぞ知る-」 吉川忠夫著 法蔵館
「顔氏家訓」 宇野精一著 明徳出版社(中国古典新書)
「安禄山と楊貴妃 安史の乱始末記」 藤善真澄著 清水書院
「安禄山 安史の乱を起こしたソグド人」 森部豊著 山川出版社
「長安の春」 石田幹之助著 講談社学術文庫
「硯の中の地球を歩く」 青柳貴史著 左右社
「すべてが武器になる」 石川明人著 創元社
「当事者は嘘をつく」 小松原織香著 筑摩書房

「石刻師リョウ 草原の風」を執筆中の2022年(令和4年)2月24日に、ロシアによるウクライナ侵略が始まった。足かけ三年かけて三部作を完結させたが、その間、ウクライナではずうっと戦闘が続き、終わりが見えない。それどころか、ガザではイスラエルとハマスの新たな戦闘が勃発し、多くの子供たちが犠牲になっている。
 本作を書きながら、千三百年前にリョウの周りで行われていた戦争の動機や展開あるいはそこで犠牲となる人々の様相が、現代の様々な国々で起こっていることとよく似ていることに驚かされた。しかし考えてみれば、歴史というのは、人間の歴史であり、人間の愚かしさは、そんなに変わるものではないのだから、それは当たり前のことなのだろう。それでも、人は歴史に学び、愚かしさから這い上がる賢さを持たなくてはならないと強く思う。
 本書の執筆に最も強い影響を与えてくれたのは、森安孝夫先生のご著書であり、また「時代の雰囲気を正確に伝えるという基本原則さえ逸脱していなければ、そこに多少の空想や誇張があっても、人々の歴史意識の醸成に裨益(ひえき)する」という言葉であった。その森安先生は、今現在、難病と正面から向き合いご闘病中である。先生のご恢復と、一日も早い戦争の終結を願って、筆を置くこととする。

令和6年7月吉日  雲井 耕

追記
 森安孝夫先生が、令和6年8月26日にご逝去されたとの報に接した。先生のご著書やメール書簡「森安通信」を通じたご指導に深く感謝するとともに、謹んでご冥福をお祈りいたします。
「石刻師リョウ」の連載を終えた日に(令和6年9月10日)


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