十(三)

文字数 1,432文字

 タンには、(とう)龍溱(りゅうしん)から商売仲間の宮大工を紹介してもらうことにして、そのことを伝えると、タンはまもなく長安に出てきた。五年ぶりの再会だった。タンは、しばらくリョウの店に起居し、そこから宮大工の棟梁の下に仕事に出ていたが、そのうちに大寧(だいねい)坊にある興唐(こうとう)寺に住む場所を見つけてきたのでリョウは驚いた。
「なに、リョウも知っている剛順和尚が、いくつか紹介状を書いてくれたのだ、怪しい者ではないと」
「それじゃあ、タンは坊さんも続けるのか」
「いや、少しは仏典もかじったが、長安で坊さんになれるほどの学識があるはずもない。ただ、興唐(こうとう)寺の境内には、『悲田院』という、貧しい人や身寄りのない子供を救済するための施設がある。そこを手伝うということで、小さな(いおり)を借りることができた。まあ俺自身、家の無い貧乏人だからな」
「長安は、貧乏人には冷たい街だと思っていたが、そんな施設もあるのか」
「興唐寺は、仏教を篤く信仰した武則天の娘の太平公主が、母親のために作った寺だからな。『悲田院』という名は、『慈悲の心で貧者に接すれば福徳を生みだす田となる』という仏教の教えからとったのだ」
 そう言ったタンの顔は、なぜか晴れ晴れとしているようにリョウには感じられた。そういえば、宮大工だったタンのお父さんも、陽林で孤児(みなしご)に大工道具の使い方を教えて、大工に育てていたと聞いたことがある。
「それじゃ、その孤児たちも、いずれ大工にするのか?」
「いや、大工とは限らない。何でもいいけど、何か生きる(すべ)を身につけないと、いつまでも『悲田院』から出ていけないから、そういう子供の背中を押してあげられたらいいなって」
「そう言えば、タンの姓は、(よう)だったな。さすがに、義を貫くことで有名な一族だ」
「俺はそんな名前も、長安の親戚も、まったく知らない。子供のころから、突厥(とっくつ)の奴隷だったんだから」
「そりゃ、そうだよな。まあ、仕事も住む場所も見つかって良かった。タンがその気になったら、いつでも『青海邸』で働いてもらうから、何かあったらいつでも来いよ」

 気がかりだったタンのことが一段落すると、どうしても気持ちはシメンと(てい)の行方に向かった。
 シメンが売られたのは、芸能奴隷を扱うソグド商人で、(あん)椎雀(ついじゃく)という名前だった。夏祭りの時、毎年、集落に来ていた男だ。リョウは、一年前の夏に長安に来てから、安椎雀が長安に出てきたときに泊まる邸店を探し回った。そして、何とかその宿舎を見つけ出したのは半年前だったが、そこで聞いたのは、もう二年も前に安椎雀は亡くなり、安椎雀の芸能一座は、それ以来、来ていないということだった。安椎雀の店は甘州(かんしゅう)にあったということも聞き出したが、その店ももうないらしい。それで手掛かりは無くなってしまった。甘州には馬の取引で行ったことがあったのに、もっと時間をかけて探せばよかったという後悔に、苦い思いがした。
 リョウが居た村から(てい)を買っていったソグド商人も探したが、それらしい商人は見つからなかった。婷が買われて行ったのはウイグルとの大会戦のさなかで、悦おばさんが婷は売られたと教えてくれただけで、取引を仕切ったアトには会えなかった。アトはあの時、ゲイック・イルキンの指示で可汗(かがん)(王)に従う北の同胞との情報交換に出ていた。その後、集落に唐軍が襲って来て、アトとは会えないままアユンたちと別れてきたことが、今更のように悔やまれた。ただ、奴隷が金になるのは長安だ。この街のどこかに二人はいるのではないか、リョウはそう思っていた。
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