七(五)

文字数 1,357文字

 (とう)龍恒(りゅうこう)の妻がお茶を運んできた。それを一口すすって、龍恒はリョウに訊ねた。
「リョウは五竜(ごりゅう)(ほう)を知っているのか」
「はい、炳霊(へいれい)寺の石窟で話を聞きました。『鄧龍(とうりゅう)』も、その五つの竜の一つだし、破岩剣はその頭領の印に似ていると」
「そこまで知っているなら、隠すわけにもいくまい。確かに、五竜朋の石工たちの情報が多い。もっとも、『鄧龍』の身内であるアクリイが追放されたというので、五竜朋自体にも波風が立った」
「どういうことですか?」
「特定の権力者に属さず、絶対に秘密を守るという朋の仲間から見て、皇太子派に加担して追放されたアクリイを身内に持つ『鄧龍』は、朋の仲間として不適格ではないかとな」
 黙って聞いていた(でん)為行(いこう)が話を引き継いだ。
「なに、平和な世の中が続いたので、五竜朋の仲間といえ、もう剣を振るったり飛刀を投げたりすることもなくなってきた。商売で儲けるだけなら、余計なことはせずに、李林甫でも趙萬英でも、互いに利益になる奴らと組んだ方が良いのではないかと考える者が増えたんだ。そんな時に、(こう)憶嶺(おくれい)の話が出たので、『鄧龍』を排除して、儲けのための談合組織に変えようという動きが、『黒龍』あたりから出て来たんだ」
 リョウは、健のぼやきを思い出して、オヤッと思った。
「今は、『鄧龍』も五竜朋から距離を置いている、という噂を聞いたことがある」
 鄧龍恒と田為行が顔を見合わせた。苦虫を嚙み潰したような顔の龍恒を横目に、田為行が話した。
「前の頭領、つまりリョウのお祖父さんも、今の頭領、ここに居るお前の伯父さんも、昔気質(かたぎ)で付き合いきれないと言われるくらい堅物だ。ところが、跡継ぎの龍溱(りゅうしん)、リョウの従弟(いとこ)だが、それが五竜朋なんか時代遅れだと言い出しているのだ」
 従弟といっても、リョウが「鄧龍」に出入りしたのは十歳の時が最後だ。そのとき、五、六歳の子がいたのは知っていたが、一緒に遊ぶようなことは無かった。むしろ母親からあえて遠ざけられている気がしたものだ。炳霊(へいれい)寺で石工の健が、「鄧龍の若旦那にも困ったもんだ」と言っていたのは、龍溱(りゅうしん)だったのか。
「まあ、そんなことはどうでも良いではないか。ともかく、後は、皆が知っての通りだ。張九齢は李林甫との確執がもとで引退させられ、憶嶺が長安を追われた二年後には、第二次廃太子の陰謀が起こり、今度は李林甫の思惑通り、皇太子李瑛は死を賜った。その年に、『西胡屋』の主も殺され、替わりに(かく)壮傑(そうけつ)が『八郭邸(はっかくてい)』を起こし、同時に憶嶺の集落が襲われて、リョウとシメンは突厥(とっくつ)の奴隷になったというわけだ」
 鄧龍恒の言葉にうなずきながら、田為行がリョウに言った。
「よりによってその年末に武恵妃が病死して、李林甫のたくらみも水泡に帰したんだ。宦官(かんがん)(こう)力士(りきし)の一言で、武恵妃の子、寿王瑁ではなく、年長の()(きょう)が順当に皇太子になったんだから、何が起こるか分からないものだ」
「そこから先は分かります。その()(きょう)がいずれ皇帝になって自分が粛清されることを恐れた李林甫が、今度は李亨の廃太子を画策して、それに巻き込まれた皇甫惟明将軍らが無実の罪で殺されたのですよね」
「李林甫が出て来てからというもの、表の平穏さとは裏腹に、陰ではおかしなことばかり続いている」
 そう言った鄧龍恒に、リョウはあらためて今日の話の礼を言った。
(「廃太子の陰謀」おわり)
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