五(三)

文字数 1,410文字

 ほどなく、三艘の舟が姿を見せると、いきなり河岸で待ち構えるリョウたちに矢を射かけて来た。河で揺れる小さな舟に応戦しても当たるはずもなく、リョウは、上陸ギリギリまで待たせ、そこで一斉に矢を射させた。しかし、まともに矢を射ることができる者は十人足らずで、突撃してくる敵に、道具小屋を並べた防衛線まで下がるしかなかった。ヤズーが、一緒に舟戦を戦った川の民を連れて戻り、戦列に加わったのがせめても救いだった。
 上陸した敵は、二手に分かれた。大仏を破壊する部隊と、本堂で金品を強奪する部隊なのだろう。本堂に向かって来る賊の方が多かった。その敵が道具小屋のある広場に達した時、横合いから喚声と共に騎馬兵が五騎、飛び出してきた。突厥(とくつ)人の奴隷たちが、農耕馬を仕立てて作った急ごしらえの騎馬隊だったが、敵を驚かせ、蹴散(けち)らすには十分だった。黒い目隠皮(ブリンカー)をつけた馬を制御し、馬上から巧みに騎射する突厥兵に、賊が何人も倒れていく。しかし賊の方も、遊牧民との戦闘経験がある兵士たちなのだろう、いったん落ち着くと、固まって槍衾(やりぶすま)を作って逆襲してきた。
「囲まれるな、逃げろ!」
 リョウは叫んだ。唐軍の槍兵に囲まれて死んだデビやオドンら、昔の仲間の姿が脳裏に浮かんだ。
 突厥奴隷たちも心得たもので、そのまま走り去り、今度は、大仏に向かった一団に後ろから襲い掛かった。五人のうちの一人は、突厥の隊長だったという。見事な指揮ぶりで、大仏を守るためというよりは、怨み重なる唐軍に復讐戦を挑んでいるような、勇猛果敢な戦いぶりだった。
 大仏造立用の足場を、賊たちが上っていくのが見えた。大槌(おおづち)を抱えた者もおり、大仏の頭を破壊するつもりなのだろう。しかし、上では健が石工たちと待ち構えていた。やがて、悲鳴と共に賊たちが足場から真っ逆さまに落ちていくのが見えた。健は、竹籠(たけかご)に石を詰めた蛇篭(じゃかご)を足場の上に運ばせていた。敵が近づいたところで、その蛇篭(じゃかご)を放ったのだろう。山の民も、支柱から垂らした命綱にぶら下がり、右に左に揺れながら、短くて幅の広い山刀で賊を叩き落している。「頼んだぞ、健」、リョウはそう念じて、眼前の敵に向かった。
 騎馬が去ったあと再び突進してきた敵に矢を浴びせ、リョウやヤズーも剣を振るって先頭の賊を何人か斬り倒した。しかし、賊の勢いは強く、リョウたちは逃げるように本堂への急な階段を駆け上った。白兵戦では、どうみても本職の兵士の方が強く、石工や僧兵、あるいは奴隷たちでは持ちこたえられそうにない。何としても距離を取って戦うしかなかった。本堂への階段を追いかけて来る敵に、僧兵らが上から火のついた(わら)の玉を転がし、さらに用意した石を落とした。しかし、もう打つ手がなくなりそうだった。
 その時、本堂の方から声が上がった。
「ご金蔵(きんぞう)が破られた!」
 驚いたことに、小舟で襲撃してきた軍勢とは別の伏兵がいたのだった。その一団が砂金や貴金属の入った箱を何箱も肩に(かつ)ぎ、本堂裏から岩伝いに降りていくのが見えた。本堂の階段上まで迫っていた賊の兵士らにもそれが見えたのだろう。攻撃を止め、じりじりと階段を戻っていく。金さえ奪えば、もう用はないということなのだろう。
 階段の上で振り返ったリョウの目に、船着き場に停泊している大型船が眼に入った。いつの間に来ていたのか。しかも、船上には見たこともない、巨大な弓のようなものが設置されていて、リョウは、思わず叫んだ。
「あれは、何だ!」
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