三(二)

文字数 1,074文字

 奴隷と一緒に寝泊まりをはじめて、リョウはすぐに、その中に数名、突厥(とっくつ)人の集団が居ることに気付いた。彼らはめったに口をきかないので、それまで気付かなかったのだ。これが喧嘩のもとかなと、見当をつけたリョウだが、それでも何も言わずに様子を見ることにした。
 もう一人、リョウは背が高くて、青い目、高い鼻をもつ男に気付いた。明らかにソグド系の顔立ちだった。リョウとほぼ同年代に見える。仕事の後で、いつも一人でいるその男に、リョウは近づいた。
「お前の名はなんという」
 突然話しかけられて、その男はリョウの顔を不審な眼で見上げた。
「ヤズーだ」
「ほう、ソグド語で夏の意味だな」
「そうなのか、俺はソグド語は良く知らないし、知りたいとも思わない。それよりお前はどうしてソグド語を知っているんだ?」
「俺の顔は漢人のようだと言われるが、父はソグド商人で母が漢人だ」
「それなら俺と同じだ。だが、俺の父親は唐の軍閥の軍人で、農耕奴隷だった俺の母親を(はら)ませた。それでも、俺たち親子の面倒をみているうちは良かったが、契丹(きったん)との戦いで死んでしまい、その後は、親子で奴隷だ。ソグド人なんて、恨みしか感じないが、哀しいことに俺の顔はソグド人のようだと言われる」
「そうなのか、それは辛かったな。今まで、どこに居たんだ?」
「契丹との国境近くにある軍事施設だ。俺は身体がでかいから、軍人奴隷として訓練された。契丹との戦いで味方が負けたときに、怪我をして逃げ出した。流れ流れて長安まで来たところで役人に捕まり、逃亡奴隷として(やみ)商人に売られて、このざまだ」

 その時、突然、外から怒号が聞こえた。飛び出してみると、十人ほどの奴隷が、別の数人の奴隷を囲んで(にら)みあっていた。
「お前たちが、言われたとおりに石を運ばないから、仲間が怪我したんだろう」
「いや……」
「言葉がわかないからって、ごまかすんじゃないぞ。ちゃんと謝れ。そこに土下座するんだ」
 そう言った男が、相手の胸倉をつかんで、無理矢理、座らせようとし、それを助けようとした男たちと、もみ合いが始まった。漢人奴隷と突厥(とっくつ)奴隷がもめているようだった。漢人の男が相手を(なぐ)り始めるのが見えた。
「待て、待て、待て!」
 リョウが中に飛び込んで制止しようとしたが、互いに加勢が入って騒然となった。そこに、職人の宿舎からも数人が木の棒を持って飛び出してきた。静止してくれるのかとホッとしたリョウの目の前で、一人の職人が、棒で突厥の奴隷を突き飛ばした。
「まったく、突厥(とっくつ)(くさ)れ奴隷が!」
「何をするんだ!」
 リョウは、さらに突厥奴隷を殴ろうとする職人の前に立ちふさがった。
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