十一(三)

文字数 1,248文字

 「元宵(げんしょう)観燈(かんとう)」の夜、リョウはタンや進を誘い、従兄弟の龍溱(りゅうしん)を案内役にして街に繰り出した。貴族の屋敷と言わず商店と言わず、あらゆるところに提灯(ちょうちん)が飾られている華やかさにリョウは圧倒された。朱雀(すざく)門街では、大通りに貴族や豪商の名を冠した巨大な大燈籠(とうろう)がいくつも飾られていた。長い竹竿に横木を何本も付けて、たくさんの提灯をぶら下げた燈樹(とうじゅ)竿燈(かんとう))や、小燈籠(とうろう)を円錐形に積み上げて大燈籠に仕立てた火樹(かじゅ)など、互いにその荘厳さを競っている。大通りからは、はるか北、朱雀門の先の皇城の大きな建物の欄干にも無数の提灯が灯されているのが見えた。路上には、食べ物や酒の屋台も出ている。まずは腹ごしらえと、龍溱は屋台に向かった。
元宵(げんしょう)団子(だんご)を食わないと祭りの気分がでない。子供の頃は小豆(あずき)餡子(あんこ)が入った甘い奴が好きだったが、最近は、こっちの胡桃(くるみ)入りの胡麻味が好きだ。腹が減っているなら、肉野菜入りの()で団子もあるぞ」

 夜が更けても、人々はまだ帰らない。寝てしまった小さな子供を背負う夫婦連れの姿も見えるし、数人で固まってそぞろ歩く若い男女の姿もあった。紙で作った虎や猿など様々な仮面をかぶっている者もいる。みんなのお目当ては、楊氏の三姉妹が競って出す山車(だし)の見物だ。
 やがて、楊氏(ようし)五第(ごてい)と言われる楊氏の邸宅が並ぶ宣陽坊の方角から、朱雀門街に向かって大きな山車が近づいてくるのが見えた。先頭は、秦国(しんこく)夫人の山車で、華やかな装飾を施した台車の上で色とりどりの服を着た男女が雑技(ざつぎ)(サーカス)を繰り広げていた。中でも台車の上に設置された二台の蕩鞦韆(ブランコ)から、二人同時に高く舞い上がったかと思うと交差して反対側に飛び移る技には、観衆から悲鳴のような歓声が沸き起こった。
 次は虢国(かくこく)夫人の山車だった。台車の上では、それぞれ十名ほどの男女の集団が、交互に歌の掛け合いをしている。中でも、真ん中に立つ男女の声が、群を抜いて美しく、屋外であるにもかかわらず、男の声は朗々と、女の声は透き通るように美しく周囲に響いた。聞けば、あらかじめ東市と西市の代表で歌を競う「闘歌」が行われ、その勝者が台上で歌っていて、彼らは普段から人気の歌手なのだという。掛け合う歌は恋の言葉で、観衆はうっとりと聞き、歌い終わると熱狂的な歓声を送った。歌の合間には、台車の周りで、提灯をたくさんぶら下げた燈樹(とうじゅ)竿燈(かんとう))を頭や腰に乗せた芸人が、竿(さお)から両手を離す演技を披露して、観客をハラハラさせていた。
 最後に出てきたのは、韓国(かんこく)夫人の山車で、こちらはリョウにも懐かしい、突厥(とっくつ)の夏祭りを模したものだった。山車に並んで馬が歩み、その馬の上で逆立ちをして見せたり、放り投げた剣を受け止めたりして観客を沸かせた。そのうちに、台上では袖の長い華やかな胡服(こふく)(ソグド人風の服)を着た女たちが、舞を踊り始めた。舞と言っても、速い曲調の笛や太鼓の音に合わせて、色とりどりの絲帯(リボン)をひらめかせ、舞筵(まいむしろ)の上でクルクル回る、美しくもかつ激しいもので、それが草原で見たことのある胡旋舞(こせんぶ)であることに、リョウは我を忘れて見入った。
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