八(四)

文字数 1,224文字

 「やはりそうだったか……」、今さらながらに、父の「油断するな」と言った言葉がよみがえったが、遅かった。リョウは、田為行に叫んだ。
「『八郭邸(はっかくてい)』の無頼漢どもだ。あいつがいるということは、他の奴らも(りゅう)涓匡(けんきょう)の手下で、軍装こそしていないが、れっきとした兵士たちだろう」
 (そう)果映(かえい)が、リョウたちを見て笑いながら馬で走り去った。二人の馬は既になく、(くら)に付けた弓矢も使えない。後ろからは、兵が迫ってくる。田が、飛刀の石鑿(いしのみ)を一本抜き出した。
「俺は左だ、リョウは右の奴を狙え」
 栗の木から飛び出して田が投じた石鑿は、先頭の兵士の肩口に突き刺ささった。その兵士が、悲鳴を上げて倒れるのと、リョウが投じた石鑿がその隣の男の脇腹を削ったのは、ほぼ同時だった。
「また走るぞ」
 草原で接近戦になると多勢に無勢では囲まれてしまう。二人は大きな岩に向かって走った。アクリイの集落があった頃、外部の敵の攻撃を喰いとめるための(とりで)代わりにしていた岩だ。その岩に取りついた二人は、出っ張った岩の陰で矢を避けながら、追いすがる敵に向かって上から石鑿を投げつけた。リョウの一本は、敵の肩に喰いこんだが、田の一本は敵の頭をかすめて(くう)を切った。
「ちくしょう、俺の腕もなまったものだ」
「いや、度胸と言い、飛刀の腕と言い、たいしたものだ、田も五竜(ごりゅう)(ほう)の兵だったのか」
「昔は、いろいろあったからな。最近は平和ボケだ」
 そう言う間にも、敵はじりじりと岩の上に迫り、槍を突き出し、さかんに矢を射かけて来る。リョウは、敵の突き出した槍を奪うと、それでその相手を突き落とした。それでも、群がる敵に囲まれて、一斉に切り付けられたら守り通せそうになかった。
「くそー、時間稼ぎもここまでだ。あとは飛び降りて、戦うしかないか。リョウ、上ってくる敵を上まで引き付けたら、そいつを蹴落として下りるぞ。後はどうにでもなれだ」
「わかった!」
 二人は、同時に左右に飛び出した。先頭の男に切りつけ、岩から蹴落とし、自分達も転げるように岩を下り、再び草原に立った。田の左腕が裂け、血が噴き出しているのが見えた。
「まだ七人もいる、俺が四人、リョウは三人、死ぬなよ」
「いや、その腕では厳しいだろう。敵の矢は尽きかけている。背中合わせで戦うぞ」
 そう言った二人を、敵はたちまち取り囲んだ。近くで弓を構えた一人の兵の上腕に、リョウの石鑿が突き刺さった。残りの兵が一斉に斬りかかってきた。二人とも、敵の剣をかわすのがやっとで、足に傷を受けた田は、片膝を地面についた。それでも、その姿勢から転がりながら敵の一人を下から突き刺した。その田に二人の敵兵が同時に剣を振りかぶったが、リョウが横に払った剣が二本の剣をはじき返した。そのはずみで、リョウも地面に転がった。息が弾み胸が苦しい。身体中、傷だらけで腕も重かった。この同じ草原で、敵と必死の戦いをした父の姿と、敵の(やいば)に倒れた母の姿が交錯した。リョウの眼の隅に、青い旗がチラリと見えた、「あれは……」。
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