十五(五)

文字数 1,400文字

 製鉄場から出て来たアユンは、リョウとの再会を喜び、またネケルのサイッシュ、その従弟で製鉄場長のクゼールを紹介してくれた。アユンの一族は、普段は羊の放牧をしながら製鉄場の守備をしていた。
「平時なのに、やけに武装した兵士が多くないか」
 リョウの疑問にアユンが答えた。
「もともと製鉄技術は、秘中の秘だから、知らない人間の出入りを厳しく監視している。すまないがリョウを入れるわけにもいかない。それだけではない、四年前から、貨幣の鋳造もしていて警備が厳重なのだ」
「安禄山が貨幣の鋳造を許されたとか、楊貴妃が安禄山から真新しい金貨をもらって大喜びしたという話は、長安の街でも有名だ。しかし、まさかアユンが関係していたとは」
「皇帝に鋳造を許可されても、ここには鋳造技術がなかったので、製鉄のできる俺たちにお鉢が回ってきたのだ。まあ、常時ではなくて、(きん)が手に入ったときだけだが」
「その金はどこで産出するんだ」
「それが大きな声では言えないのだが、産出ではなく、供出だ。ソグド商人から納めさせた金製品なんかはまだ良い方で、従わない契丹や奚の村を襲った時に、貴金属を奪い取ったという噂もある」
「噂って言うけど、安禄山の傍にいるアユンでもわからないのか」
「それが、親父にはいつも良い噂と悪い噂があって、真偽が分かりづらい。暴力と懐柔の両方をうまく使って力を付けてきた人だから、それもしょうがないが。俺が知る限りでは、金の供出と降伏を条件に、敵の一族を良い待遇で受け入れたので、むしろ相手からは感謝されているという話だが」
「親父っていうのは、安禄山のことか」
「ああそうだ、俺は安禄山の仮子(かりこ)になった。だから親父だ」
「仮子っていうのは何だ?」
(くだ)ってきた奚や契丹や大食(タジク)(アラビア)の奴隷を仮子として養って、その中から乗馬や弓矢の上手なものを選んで精鋭を育てている。幽州の北の雄武城に兵八千人、馬三万頭、牛と羊で五万匹を蓄えている。俺は、製鉄場の守備を任されているのでここに居るが、親父は雄武城に居る」
「それにしても安禄山は、軍と行政の権限を持ち、その上、金貨まで鋳造するとは、王と変わらないな。楊国忠や王忠嗣将軍が、安禄山に謀反の恐れありと奏上するのも、無理はないという気がする」
「いや、親父は、謀反なんかまったく考えていない。その証拠に長男の安慶宗を長安に住まわせている。ただ、朝廷のうるさいしきたりを押し付けられたり、朝廷から派遣された地方役人に偉そうな顔をされるのが許せないんだ。この地で、自分たちで自由にやっていけるなら、それが一番良いと思っている」
「しかし、それは朝廷の支配から離れて独立するようなもので、楊国忠としては許せないことだろう」
「ここではソグド商人が自由に商売して絹や東西の珍奇な商品で大儲けして、その見返りに親父にもたんまりと貢納金を供出している。そういうことに対するやっかみもあるのだろう。だがな、親父は自分で王になろうなんて考えていない。奴隷となった敵の兵にもその国の言葉で語りかけ、商人には自由に商売できる市場を用意してやる。それに感じ入って、自然に兵や富が集まってくるのだ」
「アユンの一族も奴隷ではないのだな」
「ここにいるのは、家族であり、仲間だ。罪を犯した者以外、奴隷はいない」
 アユンの話にリョウは、皇甫(こうほ)将軍が目指した世界が、この北の大地にあるのではないかと感じた。
(「幽州への旅」おわり)
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