二十一(二)

文字数 1,263文字

 リョウは()輔国(ほこく)の元に戻り、一つの提案をした。
「どう考えても、二万と五万では分が悪い。しかも、(ちょう)萬英(まんえい)の軍には、朔方(さくほう)節度使だった(おう)忠嗣(ちゅうし)将軍の下で、突厥(とっくつ)と激しい戦闘をしてきた精鋭部隊が一万いる。彼らは趙萬英への忠誠心も高い。しかし、残りの四万は、禁軍とはいえ、寄せ集めの集団だ。自分たちがなぜ、鳳翔(ほうしょう)に連れていかれるのかも分からない兵士が多いだろう。そこを混乱させるのが手ではないか」
「どうやるのだ?」
「皇太子が新皇帝に即位したという情報を流して、趙萬英の軍に参加する者は、反乱軍として処罰されると触れ回させる」
「面白い、敵の兵士が自ら逃げ出すようにするのだな」
 そう言った李輔国は、しばらく考えてから、リョウに言った。
「孫子の兵法に『囲師(いし)には必ず()く』という一節がある。敵を包囲しても、どこかに逃げ道を用意せよ、という意味だ。戦意を喪失した趙萬英の兵士らが、逃げ出しやすいように、逃げ道も作ってやれば、なお良いだろう」
「それには、投降した兵士は処罰しないこと、さらに皇太子軍に加勢する者には褒美を出す、と触れを出してはいかがか」
「一つ、大きな問題がある。陛下や皇太子の名を(かた)ることは、それだけで死罪となる重罪だ」
 李輔国はそう言って腕を組んだ。しばらく思案顔だったが、やがてリョウに言った。
「それには、皇太子の許しを得るしかないな」

 リョウは李輔国に連れられて皇太子の天幕に入った。そこには、皇太子の長男()(しゅく)(後の皇帝代宗)と二男()(たん)も居た。李輔国は、リョウの作戦を話し、寡兵で数に勝る敵と戦うにはこれしかないと力説したが、律義な皇太子は「皇帝になるなど、たとえ嘘でも口に出すことはできない」と言い、なかなか許しを出さなかった。
「だいたい、そんなことを触れ回っても、誰が信じるというのか」
 皇太子の言葉に、リョウが発言を求めた。
「信頼できる禁軍の兵士らを使って、馬嵬(ばかい)扶風(ふふう)父老(ふろう)らに、()(きょう)皇太子が皇帝に即位されたことを知らせ、何千という村人に触れ回らせれば、その村を通過する趙萬英の軍団の兵士の耳には、必ずそのことが聞こえます。さらに、私と石工の軍団が、ここ馬嵬(ばかい)とこの先の扶風(ふふう)の地に、新皇帝が即位されたことを祝賀する大きな石碑を建てます。そうすれば、もう誰も疑わないでしょう」
 リョウの言葉に力を得た二人の息子、()(しゅく)()(たん)も、皇太子の腕にすがって決断を求めた。それでも首を縦に振らない皇太子に、李輔国が厳しい顔で迫った。
「嘘は付けないと仰せであれば、(まこと)にしましょう。趙萬英を討ち、霊武に至った暁には、(かく)子儀(しぎ)()光弼(こうひつ)らを大将軍とし、皇太子が皇帝になることを宣する、それができなければ鳳翔で死ぬばかりです」
 リョウが、皆を見まわして言った。
「石碑には、過去の歴史を彫ります。それは勝者の歴史であり、たとえ嘘があっても、後世には真実として伝わるでしょう。しかし、未来のことを彫るのであれば、それを(まこと)にするために、努力すれば良いのではないでしょうか」
 その言葉に、皇太子が絞り出すように言った。
「お前たちを嘘つきにするわけにはいかないな」
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