七(一)
文字数 1,086文字
ようやく商売も軌道に乗って来た秋、リョウは、かねてから考えていたことを行動に移すことにした。
それは伯父の石屋「鄧龍 」を訪ねることだ。ただし、リョウの家族と縁を切ることが、リョウの父アクリイを放免する条件だったことは、リョウも知っている。そこでリョウは、ソグド商人の姿で訪ねることにした。
長安に来てから、顎鬚 を伸ばし始めたリョウは、母似の漢人系の顔立ちだが、父から受け継いだすっきりした鼻筋や濃い眉を持ち、それに顎鬚を生やして胡帽を被れば、誰もがソグド商人と信じて疑わないだろう。
東市にある鄧龍の店舗は、何度か下見していた。記憶はほとんどなかったが、塀の内に見える巨大な槐 の木が懐かしかった。枝の中をピーヨ、ピーヨとうるさく飛び交う鳥はヒヨドリだと、かつて母が教えてくれた。その鳥の声が、今も樹間から聞こえてくる。
「誰かいませんか」
入り口で声を掛けたリョウの前に、店番なのだろうか、年配の女が奥から現れた。伯父の家族かどうか、分からなかった。
「ソグド商人の石 諒 と申します。知人の康 憶嶺 がここの縁者と知り、少しお尋ねしたいことがあって参りました。ご主人にお取次ぎ願えますか」
女の顔が初め怪訝 な色を浮かべ、やがて嫌悪の表情に変わった。
「そんな人のことは、うちでは知らないよ。何かの間違いじゃないかい」
明らかに康憶嶺、つまりリョウの父アクリイを知っていると思われた。奥から誰か出てきたが、有無を言わさず追い出そうとする女の態度に、リョウも無理強いをせず、店を背にした。
店を出てから、誰かが跡をつけているのは気付いていた。しばらく歩いたところで、ゆっくり振り向くと、男が声を掛けて来た。
「今、奥様から康 憶嶺 の知人と聞きましたが、そうなのですか」
「奥様ということは、ご当主の郭 龍恒 の奥様ですね。やはりそうでしたか。康憶嶺など知らないと追い返されたところです」
「私は鄧龍 の石工、田 為行 と申します。若い頃には、先代の主人の使い走りで西市の康憶嶺の店にも出入りしていました。店に並ぶ商品が珍しくて、喜んで行ったものです。ところで、康憶嶺とあなたはどういう関係ですか」
「涼州のソグド商人仲間の家族です。子供の頃、かわいがってもらいましたが、長安に来たら訪ねるようにと言われていました」
「そうですか。実は、康憶嶺は、ある事件に巻き込まれて、長安を追放になりました。もう十四、五年前になるでしょうか。奥様は、康憶嶺が罪人として長安を追放され、石屋の鄧龍も康憶嶺と縁を切ったので、あなたを避けたのだと思います。気を悪くしないでください」
「よかったら、その話を聞かせてもらえませんか」
それは伯父の石屋「
長安に来てから、
東市にある鄧龍の店舗は、何度か下見していた。記憶はほとんどなかったが、塀の内に見える巨大な
「誰かいませんか」
入り口で声を掛けたリョウの前に、店番なのだろうか、年配の女が奥から現れた。伯父の家族かどうか、分からなかった。
「ソグド商人の
女の顔が初め
「そんな人のことは、うちでは知らないよ。何かの間違いじゃないかい」
明らかに康憶嶺、つまりリョウの父アクリイを知っていると思われた。奥から誰か出てきたが、有無を言わさず追い出そうとする女の態度に、リョウも無理強いをせず、店を背にした。
店を出てから、誰かが跡をつけているのは気付いていた。しばらく歩いたところで、ゆっくり振り向くと、男が声を掛けて来た。
「今、奥様から
「奥様ということは、ご当主の
「私は
「涼州のソグド商人仲間の家族です。子供の頃、かわいがってもらいましたが、長安に来たら訪ねるようにと言われていました」
「そうですか。実は、康憶嶺は、ある事件に巻き込まれて、長安を追放になりました。もう十四、五年前になるでしょうか。奥様は、康憶嶺が罪人として長安を追放され、石屋の鄧龍も康憶嶺と縁を切ったので、あなたを避けたのだと思います。気を悪くしないでください」
「よかったら、その話を聞かせてもらえませんか」