十九(七)

文字数 1,434文字

 騒ぎを聞きつけて、母屋の方から商人姿の男が、槍を持った兵を連れてやってきた。(かく)壮傑(そうけつ)だった。
「これは、これは、『青海邸』の(せき)(りょう)ではないですか。アクリイの息子と言った方が良いかな」
「そうだ、お前に殺されたアクリイの子、リョウだ」
「私はアクリイを殺したりしていない。()ったのは(りゅう)涓匡(けんきょう)ですよ」
「お前が指示したことは分かっている。劉涓匡の手下の(そう)果映(かえい)が、『西胡屋』の主人を殺したのもお前だと白状した。お前が悪党の劉涓匡を、金でいいように使っているのは知っている」
「そう言えば、曽果映を殺したのはあなたでしたね。弟の(そう)刺映(しえい)が、必ず兄貴の(かたき)を取ると息巻いていますよ。今は、劉涓匡の指示で、街のゴミどもを一掃しに出かけていて、ここにいないのは残念ですが」
「この混乱に乗じて、ソグド商人の財産を奪うなど、お前はどこまで汚い手を使うんだ」
「おやおや、ソグド商人が長安で稼いだものは、みんな漢人からあくどく巻き上げたものですよ。奪われたものを取り返して、何が悪いのですか。それに、死んでいくあなたには教えてあげましょう。これは全部、今から天下を取る(ちょう)萬英(まんえい)将軍の軍資金として、その軍の支援の下に行われているのですよ」
「劉涓匡は、宮廷の倉も、安禄山軍に偽装して襲っていた」
「はい、そうです。今頃は、宮廷の倉からも軍資金をたっぷりと運び出しているでしょう。あの財宝を、すべて安禄山にくれてやる方がよほど愚策でしょう。劉涓匡はここの護衛も出してくれたのですよ」
 (かく)壮傑(そうけつ)が「やれ!」と言うと、槍を持った兵らが十人ほど、リョウと進を囲んだ。その構えを見たリョウは、「進、教えたとおりだ!」と叫ぶと同時に、革帯から一本の石鑿(いしのみ)を抜いて眼前の槍兵に投げつけた。進も、その隣の兵に向かって短刀を投げる。石鑿が太ももに刺さってうずくまった兵士の横をすり抜け、リョウと進は囲みの外に出た。戦闘訓練が不十分な農民兵に槍を持たせるのは良くあることだ。囲まれたら圧倒的に不利になるので、相手との距離を取れる飛刀や短刀を投げつけ、まずは囲みを破るという訓練は、石工軍団の訓練でも繰り返しやっていた。
 リョウと進が、それぞれ数人を相手に乱闘になった。そこにさらに、同じような石鑿(いしのみ)を腰に着けた一団が駆けてくるのが見えた。どこから出て来たのか、その行く手を健が遮った。
「『黒龍』の衆じゃねえですか。まさか『八郭(はっかく)邸』の略奪の片棒を担いだりしてねえよな。これは、リョウと(かく)壮傑(そうけつ)の個人的な(いさか)いだ、お互い、高みの見物ということにしねえか」
「お前は『飛龍』の健だな。こんなところで邪魔していると、一緒に叩き殺すぞ」
「ほお、できるかな、 『黒龍』と争う気はさらさらねえが、売られた喧嘩は買う主義でね」
 ぐっと(にら)んで一歩踏み出した健に、黒龍の一団はズズッと(あと)退()さった。健の後ろには、裏門から入って来た(そん)逸輝(いつき)ら「鄧龍(とうりゅう)」と「飛龍」の石工軍団の兵が並んでいた。
「略奪を取り締まる京兆府(けいちょうふ)の兵が、ここに向かっている。逃げた方が身のためだぞ」
 孫逸輝の大声に、「新しい世になってから後悔するな」と捨て台詞を残して、「黒龍」の一団は引き下がった。リョウと進の前でまだ戦っている兵は、四人に減っていたが、二人の強さに圧倒され、孫逸輝の声で「黒龍」の加勢が戻るのを見ると、戦意を喪失して逃げ出した。まさかの展開に慌てた(かく)壮傑(そうけつ)は、手近の馬に飛び乗り、表門に向かって駆けだした。その後ろから、しっかり狙って放たれたリョウの矢は、郭壮傑の背中に深々と突き刺さった。
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