十一(五)
文字数 1,418文字
リョウは、皆と一緒に「鄧龍 」に戻って飲みなおすことにした。祭り見物から戻った鄧 龍恒 と田 為行 も顔を出した。いきさつを聞いた田為行が感嘆の声をあげた。
「リョウは怪我一つ負っていない、たいしたものだ」
「それにしてもなぜリョウは、いきなり走り出したんだ。まさか舞姫に一目ぼれしたわけでもないだろう」
鄧龍恒の発した疑問に、リョウは慎重に答えた。
「実は、それに近い。ただし、舞姫でなく、相方の剣舞を踊っていた方だ。顔の傷を見た瞬間に、俺がずうっと探し続けている妹のシメンではないかと感じたんだ。よく見えたわけではないが、何かが俺にそう言っているように感じた」
「あの山車は韓国夫人のものだったな。宣陽坊の韓国夫人の屋敷からは、石燈籠の追加注文が来ている。リョウの考案した新しい石燈籠の評判のおかげだ。それを自分で納めに行って確かめたらどうだ」
数日後、韓国夫人の屋敷に仕事で出入りしている職人が、元宵 観燈 の夜に胡旋舞 を舞った胡女たちは、その屋敷の芸能奴隷であることを聞いて来てくれた。リョウは、顔に傷のあるシメンは、小間使いでこき使われることはあっても、芸能奴隷になっていることなど、想像もしていなかったので、あの傷の男、あるいは女がシメンであるかどうか、自信がなかった。
それでもリョウは、石燈籠を納めに行く前、丹精込めて木彫りの馬を彫った。かつて、シメンのために、母の首飾りを隠せるようにと、腹に仕掛箱を仕込んだものと同じだった。二人の愛馬のグクルに似ていると、シメンが言っていた。仕掛箱には、ただ「諒 、詩明 」と書いた紙きれを一枚入れた。
屋敷の庭に石燈籠を運び入れた後、リョウは対応した屋敷の使用人に、これをあの夜に台上で踊った芸能奴隷の一人、顔に傷のある女に届けて欲しいと言って、木彫りの馬を差し出した。怪訝 な顔をした使用人は、それでもその真新しい馬の見事な作りに感心し、それが今評判の石 諒 自身の手になるものであると聞いて、届けるからそこで待っているようにと言って、屋敷の中に入っていった。
待っている時間は、永遠に続くかのように長く感じられた。やがて、さっきの使用人が、木彫りの馬を持って戻ってくるのが見えた。やはり、届けてもらえなかったのか、あるいは受け取ってもらえなかったのか……。うつ向いたリョウは萎えそうな気持ちで、使用人の持ち帰った木彫りの馬を受け取った。しかし、その馬は、リョウが彫った真新しい馬ではなく、傷つき黒ずんだ木彫りの馬だった……。
リョウの眼は、にじみ出る涙で熱くなり、視界がぼやけた。涙はやがて頬を伝って流れ落ちた。むさぼるように馬の腹から仕掛箱を取り出したリョウは、手が震え、開けるのももどかしく、漸くその仕掛を解いた。そこには青金石 (ラピスラズリ)に革紐 を通した母の首飾りが、しっかりとしまわれていた。
使用人が、リョウを屋敷の中に案内してくれた。内門を潜った中庭に、胡服を着た女が立っていた。「シメンなのか?」、背が高く、凛 とした顔を見せるその女は、知らない女のようだった。しかし、その女の顔がやがてクシャクシャに歪んだ。あの別れの日、小さな荷物を胸に抱えて、ゲルの戸口に立って俯 いていた、小さなシメンがそこに居た。
「シメン!」、「兄さん!」
転げるように走り寄った二人は、しっかりと抱き合った。あの時、震える手を握っただけで別れた、そのシメンが今、確かにリョウの腕の中にいた。
(「元宵観燈の夜」おわり)
「リョウは怪我一つ負っていない、たいしたものだ」
「それにしてもなぜリョウは、いきなり走り出したんだ。まさか舞姫に一目ぼれしたわけでもないだろう」
鄧龍恒の発した疑問に、リョウは慎重に答えた。
「実は、それに近い。ただし、舞姫でなく、相方の剣舞を踊っていた方だ。顔の傷を見た瞬間に、俺がずうっと探し続けている妹のシメンではないかと感じたんだ。よく見えたわけではないが、何かが俺にそう言っているように感じた」
「あの山車は韓国夫人のものだったな。宣陽坊の韓国夫人の屋敷からは、石燈籠の追加注文が来ている。リョウの考案した新しい石燈籠の評判のおかげだ。それを自分で納めに行って確かめたらどうだ」
数日後、韓国夫人の屋敷に仕事で出入りしている職人が、
それでもリョウは、石燈籠を納めに行く前、丹精込めて木彫りの馬を彫った。かつて、シメンのために、母の首飾りを隠せるようにと、腹に仕掛箱を仕込んだものと同じだった。二人の愛馬のグクルに似ていると、シメンが言っていた。仕掛箱には、ただ「
屋敷の庭に石燈籠を運び入れた後、リョウは対応した屋敷の使用人に、これをあの夜に台上で踊った芸能奴隷の一人、顔に傷のある女に届けて欲しいと言って、木彫りの馬を差し出した。
待っている時間は、永遠に続くかのように長く感じられた。やがて、さっきの使用人が、木彫りの馬を持って戻ってくるのが見えた。やはり、届けてもらえなかったのか、あるいは受け取ってもらえなかったのか……。うつ向いたリョウは萎えそうな気持ちで、使用人の持ち帰った木彫りの馬を受け取った。しかし、その馬は、リョウが彫った真新しい馬ではなく、傷つき黒ずんだ木彫りの馬だった……。
リョウの眼は、にじみ出る涙で熱くなり、視界がぼやけた。涙はやがて頬を伝って流れ落ちた。むさぼるように馬の腹から仕掛箱を取り出したリョウは、手が震え、開けるのももどかしく、漸くその仕掛を解いた。そこには
使用人が、リョウを屋敷の中に案内してくれた。内門を潜った中庭に、胡服を着た女が立っていた。「シメンなのか?」、背が高く、
「シメン!」、「兄さん!」
転げるように走り寄った二人は、しっかりと抱き合った。あの時、震える手を握っただけで別れた、そのシメンが今、確かにリョウの腕の中にいた。
(「元宵観燈の夜」おわり)