二十一(七)
文字数 1,328文字
鳳翔の決戦は、激戦の末に、皇太子軍の勝利に終わった。首領の劉涓匡を失った趙萬英傘下で最強の別働部隊は、皇太子の本営を突く矛先が鈍り、次第に皇太子の親衛隊に押し戻された。それを見た趙萬英の主力部隊が、防衛陣地を突破して親衛隊に迫ったが、罠にかかったことに気付いた朔方軍、河東軍の騎馬が取って返して、間一髪でそれを追い払った。
趙萬英軍は、草原の東に引き上げていった。第八皇子、鳳翔王雄を奉戴して、自分たちこそ正規軍だと言っているらしいが、それはもうリョウにはどうでも良いことだった。長安には安禄山軍が間近に迫っており、行く当てのない軍団は、放っておいてもいずれ瓦解するだろうし、趙萬英も同じ運命だろう。リョウには、田為行や哲、健、そして石工軍団の若者が、怪我人こそ出したが誰も死ななかったことが嬉しかった。リョウは、皆に言った。
「この戦いは、後世に『唐の終わり』が始まった戦いと言われるだろう。こんな戦いのために、お前たちを危ない目に合わせて済まなかった。だが、これは俺たちにとっては、新しい挑戦の始まりだ」
「そんなことはどうでもいいが、腹が減ってしょうがねえ。演説より何か美味いもの食わせろや」
健のぼやきに、皆の笑顔が戻った。
李輔国がリョウに、皇太子からの礼の言葉を伝えに来て、一緒に霊武に行くよう誘った。
「それはやめておく。それにしても、唐軍同士で戦って兵を減らしておいて、安禄山に勝てるのか」
「確かに、安禄山は強い。それでも唐という国は、リョウが考えているほど簡単には無くならない。なぜなら、安禄山には、伝統という力が無いからだ。一時的に反乱が成功しても、その王朝は続かない。何世代もの王が積み重ねてきた無形の力、民が信じる無形の力こそが権力の真なのだ。その無形の力を誰が引き継ぐのかというのが、今度の鳳翔の決戦の意義だった」
「民が、その無形の何とやらを信じ続けてくれれば、という前提だな」
「それはそうと、今度の戦でのリョウの働きは秀逸だった。皇太子の下にいれば、大将軍にでもなれるだろう。お前には、そういう夢がないのか」
「夢はある、だから苦しくても希望が持てるし、生きていける。ただ見ている夢は、少し違うようだな」
戦いの翌朝、朔方節度使の拠点がある霊武に向かう皇太子軍と別れて、リョウたちは長安の北西にある石傳若の馬牧場に向かった。戦いの直後だが、安禄山軍が長安に迫っているので、のんびりすることもできずに馬を急がせた。
三日目の昼過ぎ、一行は石傳若の馬牧場に到着し、長安から先に着いていた婷、愛淑、怪我をして馬嵬から来たシメンと若い石工たちに再会できた。キョルクも元気な顔を見せた。久しぶりに会った石傳若は、まるで自分の子供を迎えるようにリョウを抱きしめてくれた。
その日の夕方には、アユンが孫逸輝の案内で、百人の部下と共に、キョルクを迎えに馬牧場に到着した。リョウは、アユンやテペと抱き合った。
「よくぞ常山の囲みを破って、生き抜いてくれた」
「なんとかな、その代わり多くの仲間も失った。長安の街は、二日前から安禄山軍が支配している。俺は先遣隊に手を挙げて、真っ先に長安に入りキョルクを探した。『鄧龍』を訪ねたら、ここだと教えてもらったのだ」
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