第33話

文字数 536文字

 小さな木造アパート。暗い室内。
 せまい玄関を背にして、左手に居室、ガラス窓から光。
 なのに、私はなぜか右手へ行く。
 すると古いガス釜をすえつけた浴室があり、浴槽は昔風に床から高く、とにかく、ひじょうにせまい。
 
 浴槽に、みずすましが浮いている。
 
 手桶ですくうと、ふつうに生きている。平気で湯の上を歩いて見せる。いま思えば、みずすましよりたがめに近いのだけど、私は、みずすましだと思っている。
 四十度のお湯で死なないのは不思議だと思う。新種かなと思う。
 
 浴槽のふちにもう一匹濡れた虫が打ち上げられていて、これは蛾らしい。びっしょり濡れた羽根を閉じて、じっとしている。
 黒い目が大きく、柔らかそうな胸毛がクリーム色。
 
 手桶ですくったお湯を蛾にかけて、いったん浴槽に落とし、あらためてみずすましと二匹まとめて手桶ですくって、小さな高窓を引き開けて、外へ捨てる。たいそうすっきりする。
 窓のすぐそばまで木立がせまり、たぶん藪椿(やぶつばき)。緑の葉が黒っぽく、木彫のように(かげ)っているから。
 二匹ともぶじに逃げてほしい。
 
 とはいえ、蛾はともかく、みずすましはどうなのか。ちゃんと次の水たまりに着けるのだろうか。
 外はかなりしっかり雨が降りつづいているから、大丈夫だろうとは思うのだけど。

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