第38話

文字数 1,001文字

 古くてひどく広い木造家屋に泊まっている。日本のでなくヨーロッパの。夜。
 私の部屋はがらんと広い。
 
 寒いので窓を見に行くと、やはり開いている。ここからが変で、ぼろぼろの木の鎧戸が三重にもなっているのに、ぼろぼろだから風が吹きこむのだ。
 手をかけて内側へ引き寄せ、閉めようとすると、その鎧戸たち、とくにいちばん外側の一対が、生きていて、泣きながら私の手にすがりついてくる。
 少しぞっとする。
 本当ならもっと凄まじくぞっとしていいところなのに、それほどでもない。
 
 鍵も(かんぬき)もないので、鎧戸を閉めてもいまひとつしっかりしないけれど、しかたなくそれでよしとして、寝ようと思う。
 
 部屋はとにかくがらんとして、ベッドはなく、大きな木のテーブル、おおぜいで囲めるほどの大テーブルだけがあり、
 そこに私はきゅうに抱えあげられて、乗せられてしまう。誰に抱えられたのかわからない。
 眠いので横になり、ともかく一度眠ったらしい。
 
 そして起きたらしい。
 というのは、じっさいは逆に、一度起きて目覚ましのアラームをセットして、また眠った形跡があるからだ。
 
 真澄さんが起こしにきてくれて、そっと、おはようと言う。
 嬉しくてしがみつくと、わっと声をあげ、顔に蜘蛛の巣がついちゃったよと言う(彼のでなく私の顔に)。はずかしくて、抱きついたままじっとしていると、手で私の顔をぬぐって蜘蛛の巣を取ってくれる。
 おはよう、と彼。
 おはよう、と私。
 それから二人で他の部屋の雨戸も開けに行く。
 
 ところがきゅうに追われて(誰に)、びっくりして逃げる。
 気がつくと私はこぢんまりした劇場の舞台の上にいて、十八世紀ふうの衣装(といっても女中さんの)をつけてカーテンコールの列に並んでいる。でもそんなことでごまかせるはずがなく、私を追ってきた人たちが客席から舞台へむらむらとよじ登ってくる。とりあえず上手(かみて)(私から見て左手)へ逃げると、がらんとした私の部屋に戻る。ここが楽屋だったらしい。屋根裏へ通じるはしごがあり、やはり木づくりで古くてほこりが舞っている。朝の光がはしごの上から射しこみ、ほこりも輝いて美しいので、そのはしごに手をかけて上を見上げる。

 はしごの上の景色ではなく、見上げている私自身の姿が、私の目に映る。
 
 表でガラス瓶のかちあう音が響いて、目がさめる。今日は瓶と缶の回収の日だから。
 けっきょくアラームより一時間早く起きた。

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