第130話

文字数 943文字

 ジャンタル・マンタルというものを、初めて知った。さっき。十分前。

 インドのムガール帝国時代に建てられたという、巨大な建造物だ。十八世紀前半。
 四つもある。
 本当は五つあったところ、一つは壊されて、残っていないらしい。

 ようするに日時計なのだけれど、それが本当に大きい。とてつもなく大きい。万里の長城の一部を切りとって持ってきたようなものだ。
 ただ、長城と決定的にちがうのは、その計算し尽くされた曲線と直線だ。
 きりりと空へ昇っていく、石の滑走路。いや、よく見ると、滑走路の背にはこまかな段がきざまれていて、階段になっている。

 じっさいに使われ、天文学の進歩におおいに寄与した、とある。

 ジャンタル・マンタルはサンスクリット語で《計測する機器》の意味だそうだ。
 これも美しい。
 無駄がない。それ以上でも、以下でもない。きっちりと組まれた石の姿そのものだ。なのに、音がとても美しい。ジャンタル・マンタル。

 建てた王の名はジャイ・シング二世。稀代の名君で、政治と科学の両面で輝かしい時代を築いた人なのだそうだ。
 残酷な、女の赤ちゃんを殺してしまう習慣や、夫に先立たれた女の人を殉死させる《サティー》(寡婦焚死(ふんし))の撤廃に力を尽くした、とある。実現はできなかったようだけれど。彼の力をもってしても。

 びっくりした。本当に賢い人は、心も熱いのだ。
 嬉しくなる。
 この世界をより善くしようとしてくれたんだな。全生涯をかたむけて。

 大王(マハラジャ)の脳内にあった、壮大な宇宙を思う。私にはたどれない思考のあとを、たどろうとしてみる。
 だって、ジャンタル・マンタル、私が見ると、ただの大きな階段つき迷路なのだ。ほとんど赤瀬川原平さんの《純粋階段》だ。昇ってもどこへも行けない。空へしか行けない。これで何をどう測ったのか、見当もつかない。とほうにくれる。
 わからない。私の頭では。
 そう思うとき、写真さえ残っていないそのひとに、私はもう、ほとんど恋している。

 サティーは廃止されないまま、ジャンタル・マンタルは遺跡となり、いまに至る。
 王の、いや、私たちの痛切な祈りの階段が、天へと続いていく。

 私が日時計というものをとても好きな理由は、単純だ。
 夜は、使えないからだ。
 ひっそりとそこにあって、夜明けを待っている。

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