第140話

文字数 615文字

 駅の構内やデパートの地下通路で、録音された小鳥の声を流していることがある。(現実)
 環境音、というのか。
 リラックス効果をねらったものだろう。

 なんの小鳥の、なんのさえずりかわからないのだけど、ときどき、
 さえずりにしてはするどすぎないか、と思うことがある。

 小鳥たちにしたら、何かを話しているはずだ。
 あのするどさ。
 求愛ではないだろう。

 気ヲツケロ! と言っているんじゃないのか。
 録音だからくりかえす。
 気ヲツケロ!
 気ヲツケロ!
 でも、気をつけろと叫んでいる鳥自身も、叫ばれている敵も、この駅構内にはいない。
 過去の幻影だ。

 以前、『シン・レッド・ライン』という映画を見た。アメリカの戦争映画だ。
 ご覧になったかたは、ああ、あれか、と、おわかりだと思う。
 主人公のアメリカ兵が戦場を歩く。ぼろぼろの捕虜たちがささやきかけてくるのをふりはらうようにして。
 主人公にとっては外国語だから、何を言われているかわからない。

 でも、呪詛の言葉だということだけはわかる。

 監督はわざと字幕を付けていない。
 わからない、という主人公の恐怖を、観客にも体験してもらうためだ。

 ところが、私には、わかってしまった。というか日本人ならわかる。
 日本語だからだ。

 ――オマエモ死ヌンダヨ。

 環境音として流れている小鳥の言葉を、聴き取りたいと思う。
 きっと何かを忠告してくれているはずなのだ。

 そう思ううちに、自動ドアは閉まり、電車は走り出す。

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