第60話

文字数 604文字

 長い夢の一部。

 私若くて、高校生くらい。ムースで髪の毛に細い毛束をつくってととのえたりしている。
 父母とも若い。
 父は家を出ていこうとしているらしい。母とそういう話になっているらしい。

 母が何かに使った、緑と黒の陶器の大皿を、私は拭いて片づけようとしていて、すきをみて、父に、
 私も弟もまだお父さんが必要だから出ていかないで、
 と言ってみようと思っている。

 母は私の白いアラン編みのセーターが気に入らない。
 母が選んでくれたのでなく、私が自分で選んだからなのだ。

 私は一時にまにあうよう、十二時前には家を出ようとしていて、父もいっしょに出ようとしているから、あ、これは、少なくとも今日は、会社に行くだけで帰ってくるのだな。いまよけいなことを言わないほうがいいなと私は察して、わざと陽気に、いってきますと言う。

 この間、弟はどこかにいる。そんな気配だけがする。
 やはり若くて、明らかに中学生。

 すべて実家の、居間や廊下や台所や洗面所でふつうに展開する場面なのだけれど、

 セーラー服の私とダスターコートの父が玄関を出たとたん、あたりいちめんに葦がおい茂っていて、しかもそれが私たちの背丈よりはるかに高く、父と私は小さな水鳥になってしまったかのように、葦をかきわけてさまよう。
 近くに水の気配がして、足もとがわるい。

 私は父を見失いかけている。

 父が家を出ようとしたことは一度もない。少なくとも、私の知るかぎり。

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