第24話

文字数 1,213文字

 ケイコちゃんのこと。

 ケイコちゃんと私は家がななめ向かいで、たしか小学校三年生から六年生まで毎朝いっしょに学校へ通った。途中から、うちの並びの三軒先のタカコちゃんと三人で通うようになり、無口なケイコちゃんを置いてほとんどタカコちゃんと私がしゃべっていたのだけど、それでも私たちは三人で通うのをやめなかった。そして、タカコちゃんが「誰にも言わないから教えて」と言って私から聞き出した好きな男の子の名前を、翌日クラスの全員が知っていたときも、クラスの女王さまのヤスコちゃんと美人のサトコちゃんが組んで私にほぼ一年間にわたるかなり苛烈ないじめをしかけ、タカコちゃんがあっさり彼女たちの側について、私のすぐ前を女王さまたちと並んで私の悪口を聞こえよがしに言いながらくすくす笑って歩いていたときも、クラスの誰も私に近寄ろうとしなかったときも、ケイコちゃんは毎朝、黙って、私を誘いに来てくれた。私たちは黙って歩き、道みち、何の話もできなかったけれど、私は本当はケイコちゃんの手をしっかり握って、泣きながら歩きたかったのだ。でもそれはケイコちゃんの望むところではないのかもしれなくて、私は勇気が出なかった。

 ケイコちゃんはぽっちゃりしていた。私は彼女を太っていると思ったことなんて一度もなかったのに、ケイコちゃんのお母さんは「アヤちゃん(私の本名)はどうしてそんなにほっそりしてるのかしら。きっとアヤちゃんはごはん粒を縦に食べるのね。うちのケイコは横に食べるからこんなに太っちゃうのよ」などとわけのわからないことを言って、そのときもケイコちゃんは黙ってうつむいていた。私はその一言だけでも、この母親を一生許せないと思った。ケイコちゃんが私を嫌いになってしまったらどうしてくれるのだ。でもやっぱり私は勇気がなくて、そう叫べなかった。ケイコちゃんにその気もちを伝えられなかった。

 実家に帰るとときどき、ケイコちゃんのうわさになる。ケイコちゃんは大人になって、ほっそりしてとてもきれいになって、結婚して、離婚して、子どもを一人連れて帰ってきているそうだ。ケイコちゃんのお母さんは亡くなった。その間、私は一度もケイコちゃんに会っていない。ランドセルを背負ったケイコちゃんは、私の想像の中で成長し、お子さんができた他は私と同じ道をたどって、いま、再び、私のななめ向かいにいる——ひっそりと。玄関の呼び鈴を鳴らせば会えるのに、私がそうしないのは、やっぱり勇気がないからだ。私はケイコちゃんがとても好きなのに、彼女の友だちを名乗る自信がないのだ。ケイコちゃんはあんなに多くのものを、黙って、ただ黙って私に与えてくれたのに、私は彼女に何を与えたというのだろう。だいたい、呼び鈴を押してケイコちゃんが出てきたら、何と言えばいい。「ケイコちゃん、私、アヤです」。その後はまた二人とも黙ってしまうに決まっている。

 ケイコちゃん、どうかこの文章、読んでください。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み