第154話

文字数 336文字

 明恵(みょうえ)、という高僧のことが、前から気になっている。
 四十年間、夢日記を書きつづけたという。

 島に、恋文を出したという。
 島に住む誰か、ではない。
 島だ。

「あなたのことが忘れられません」

 使いに出された弟子がこまって、どうやって届けましょうと尋ねたら、
 明恵からの手紙ですと叫んで、そのへんに置いてきなさいと言ったそうだ。

「お手紙を出しなどしたら、気が狂っていると思われるだろうから、ひかえておりました。
 でも、もう、思われてもいいのです」

 明恵さま。
 私も、まだお会いしたことさえありませんのに、あなたのことが忘れられません。
 私も、
 忘れられない場所があり、思うだけで苦しいほど帰りたい場所があり、
 そこには、行けません。

 目ざめると、目頭に、涙がたまっているだけです。

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