第49話

文字数 1,473文字

 ヤマグチさんとヤマモトさんと三人で《レーゲンスブルク》にいる。この組み合わせ、いままでにない。夢でも現実でも。
 だけど東南アジアのバザールのようにごった返していて、ぜんぜんレーゲンスブルクじゃない。

 とにかく、ヤマグチさんが素敵なインドカレーのお店を見つけてくれて、三人でお昼を食べようということになる。もうすでに私の口の中にスパイスの香りが何重にも広がる。クミンやシナモン。

 ところが私、お財布を入れた手さげを別の十字路に置いてきたことに気づいて、青くなる。
 こういうチョンボはめずらしくないから、ヤマグチさんとヤマモトさんに、ちょっと待っててとだけ言って走り出す。
 はずかしい。

 走り出したはいいけれど、道に自信がなくて、すぐにおどおど戻ってきて、こっちの道でよかった? と尋ねる。
 ヤマグチさんは心底あきれ顔で、私が行こうとしていた道の手前の道をさして、ここをまっすぐ、と教えてくれる。
 そうだった。

 あらためて走り出しながら、私レーゲンスに二年住んでたのに、旅行で来たヤマグチさんのほうがちゃんと道を覚えてる、と思って、心底なさけなくなる。市庁舎(ラートハウス)から大聖堂(ドーム)までの道も覚えてないなんて。
 とにかく走る。いまは道は石畳で、煉瓦(赤くはない)の壁が左右からせまり、そこにつる薔薇が小さな花を咲かせて、小雨に濡れたあとのなつかしいレーゲンスブルク。

 十字路に着いて見回すのだけど、シャッターが下りていて様子がちがう。がらんとしている。私の手さげなんてどこにもない。
 とほうにくれて、ふと見ると、私、ちゃんと革のかばんと布の手さげを両方、左肩にかけている。かばんの中を探るとちゃんとお財布がある。いつもの二つ折り。
 あきれて、

 二、三歩歩くと、もう待ち合わせの四つ辻にいて、
 ヤマモトさんがにこにこと、よかったね、と言ってくれる。

 地下へ行くのかと思ったら、大きな広い階段を回りこむように登って、二階だ。
 お店の入り口に、大きな花入れにたっぷりとお花がアレンジされていて、蘭やら。どう見ても西欧風。暖かな黄色と青が基調の店内、プロバンス風。カレーではない。
 予約はヤマグチさんの名前だから、ヤマグチさんが先に行ってくれて、ヤマモトさんが私の腕をとるようにしていっしょに入ってくれる。

 ところが、受付があって、名前を確認するところで、ヤマモトさんが真澄さんに変わっている。
 そしてこれはバレエの体験教室で、
 体験するのは真澄さんで、私は見学についてきたらしいのだ。

 真澄さんは受付の小柄な男の人に、妻は見学でいいですか、と真剣な顔で訊いていて、いいらしいと確かめると私をふりかえりもせず、さっと着替えに行ってしまう。
 受付の人が私に、では奥さまもここにお名前を、と、ノートとペンを差し出す。そして親切に、最後のほうで、みんなで踊ってみようというコーナーもありますから、気が向いたらぜひ、と小声で言ってくれる。
 私、嬉しくて、私でもできますかと訊くと、もちろん、とにこにこ言ってくれる。

 ふりむくと、もう黄色でも青でもなくて、三面が鏡張りの広いスタジオ。
 このあたりで、真澄さんがバレエを踊るわけないじゃない、とうっすら気づきはじめる。
 けれどもスタジオでは稽古用のレオタードを着た人たちが、思い思いにウォーミングアップしている。バーで脚を伸ばしたりなど。レオタードは黒、グレーにピンクなど。

 最初から最後まで、私に居場所がない夢なのだけど、

 みょうに楽しかった。
 しかも、起きたらちゃんと道を思い出せた。市庁舎から大聖堂まで。
 レーゲンスブルクの。

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