第39話

文字数 660文字

 雨が激しくて、体調がひどく悪い。
 長い長い夢のほんの一部。
 
 白い壁と薄緑のガラスで建てられた、瀟洒(しょうしゃ)なホテルから私は出てきて、そこに泊まっている気配もないし、出てきてどこへ行くつもりだったのだろう。
 玄関前からぐっと登る急坂が、林を切り拓いた幹線道路に面している。ホテルのまわりの木立のくもりのない静けさにくらべて、きゅうに車通りが激しく、殺伐としている。
 
 その道路ぎわのぎりぎりに大きな美しい犬がいて、通り過ぎる車を見ている。
 アフガンのようなみごとな毛並みだけれど、ゴールデンレトリーバーのような金茶色でもある。
 
 ふりかえると、ホテルの玄関前に飼い主の紳士がいる。白っぽいスーツにブルーグリーンの柄のシャツをのぞかせて、いかにもお金持ちのバカンス。
 年の頃は、顔が陰になっていてわからない。五十より若くはない。
 
 なでていいですか、と彼に訊く前に、もう私はその犬をなでている。おとなしくてご機嫌な子。
 車を待っているんですよ、というようなことをご主人が言う。
 何の車を待っているのだろう。
 
 そこへ、ほとんど音もなく、大きな観光バスが近づいてくる。
 ホテルの玄関前に横付けするには大きすぎ、幹線道路からぶわっとはみ出すようにしてこちらへ迫ってくる。私とワンちゃんはほとんど轢かれそうになるけれど、ワンちゃんは落ちついていて逃げようともしない。
 
 巨大なバスの白い体躯がのしかかってきて、停まるのを、私とワンちゃんは感心して見上げている。
 バスの中に人は乗っていない。運転手さん以外。

 誰かを迎えに来たのらしい。

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