第37話

文字数 687文字

 とほうもなく広く平らな場所に、とほうもなくおおぜいの人が、数人ずつ、ピクニックシートを広げて座っている。ピクニックではなく、避難所のようだ。
 
 火らしきものもないのに、厚手の黒い土鍋に雑穀を少し混ぜたご飯がひじょうに美味しそうに炊きあがったところで、私はしゃもじでそれを茶碗によそっていく。
 
 家族の姿は見えない。
 私はこの一家にとって、嫁であるらしい。私だけが血のつながりがないということ。
 しかも最近嫁いできたらしい。もしかしたら、まだ嫁いでいないのかもしれない。

 舅にあたる初老の紳士だけがいて、私の手つきを微笑んで見守ってくれている。
 
 私は白い割烹着を着ているのに、舅は黒いフロックコートだ。髪も髭も黒く豊かで、みょうに西洋風。ステッキでも持っていそうなたたずまいだ。持っていないけど。
 彼はピクニックシートの上にくつろいで座り、私はご飯をよそっていて、これはこれで、落ちついた幸福な時間ではある。
 
 そのときふと気づいたのは、
 
 私は真っ白な割烹着で、たしかに裸身ではないのだけれど、舅の紳士と私との体の位置がそのままマネの「草上の昼食」だということ。
 私たちは絵の中にいて、おおぜいの人に見つめられているのだ。
 どうりで私たち以外の人が誰も私の視界に入ってこない。
 
 初老の紳士はどう考えても真澄さんの年取った姿なのに、なぜか私の夫ではなく、舅だ。夫のほうは影も形もない。

 舅は静かに私の配膳を待っているけれど、

 待ちかねて、私のしゃもじに自分の手をそえてしまいそうな雰囲気だ。

 私も緊張して、つぎつぎと、いもしない家族分のご飯をよそっていく。
 炊きたての。

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