第159話

文字数 477文字

 もう一つは、臨終の夢だ。

 横たわっている私は、すでに目が見えない。
 枕もと、たしか左手のほうに、人が二人いて泣いている気配だけを感じる。

 一人は若い女の人で、私の体にとりすがって、どうしようもなく泣きじゃくっている。
 もう一人は彼女よりやや年上らしい男の人で、彼女の背後にそっと立って支えつつ、黙って涙をこらえている。
 きっと私の娘か孫娘と、その伴侶なのだな、と、うとうとしながら十代の私は思う。
 私はいつか、こういうふうにして死ぬらしい。

 そのとき、

 ふいに起こった爆発的な歓喜の感情を、数十年たったいまも私は忘れない。
 見えない薄闇のなかに、金のような、火の粉のような、花びらのような熱を持った光がほとばしって、私を包んでいくのだ。

 こんなにいま幸福なのだから、悲しまないで、
 と、私は泣いている人たちに言ってやりたく、私の胸に顔をうずめて泣く彼女の髪をなでてやりたいのだけれど、もう手を動かす力がない。

 悲しまないで。
 悲しまないで。
 この歓びを伝えられないのが残念でならない。その無念さえ、圧倒的な至福の奔流に押し流されていく。

 悲しまないで。

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