第9話

文字数 1,043文字

「シュウさんが夢に出てきた」
 ミヤザキさんが嬉しそうに言う。
 
「初めは、地下のね、コンクリートの、窓のない暗いお店で、シュウさんがぽつんと一人でいて、コーヒーを飲んでるんだ。カプチーノ」
 シュウさんが生前コーヒーを、ましてカプチーノを飲んでいるのを、見たことがない。飲むのは焼酎のお湯割りだった。飲み会のお開き直前まで食べ物には手をつけず、割り箸を割っていないこともよくあった。
 
「シュウさん、ビールでも飲む?」
「ん? おれはこれ(カプチーノ)でいいよ」
という会話があって、
 
 きゅうに、もう地下ではなく、さんさんと明るく、壁がガラス張りで白い木綿のカーテンを引かれた稽古場だ。昭和初期のダンスホールのような建物で、床はコンクリートの打ちっぱなし。
 ああ、床、張らなきゃ。なるべく安くすませたいからコンパネ(ベニヤ板)でいいや。水平器も買ってこなきゃ、とミヤザキさんは思う。
 その一角に座って、シュウさん、すましてカプチーノを飲んでいて、

 ふいに立ちあがり、
「ちょっとみんなのパン買ってくるわ」
と、出ていく。
 
 稽古場は角地にあって、四つ角に面した二面ともガラス張りで、ゆるやかにカーブしている。ドアはその角にあって、木枠にガラスが()められ、ななめに手すりのついた、古い理髪店のようなドアだ。
 そのドアのところで、入ってきたソノさんとシュウさん、すれちがう。
「あ、明けましておめでとうございます」(ソノさん)
「おう」(シュウさん)
という会話があって、
 
「シュウさんちょっと待って、おれも行くよ」
 ミヤザキさんいそいで愛用のサコッシュをつかみ、肩にかけ、シュウさんを追って表に出ると、
 
 わりと広めの四つ角、どうも銀座らしいけれども車通りがまったくない。舗道は石畳。
 その大通りをシュウさん、渡っていく。
 
 と思ったら、道のまん中から引き返してくる。
 手に鳥の羽を持っている。一メートルくらいの、きれいな白い羽だ。
 それが、どう見ても、作り物だ。
 
「シュウさんそれどうしたの?」
「うん、拾ったんだよ」
「ええ? そんなもん拾わなくたっていいじゃないですか」
「でもこういうの、買うと高いんだよ」
 
 シュウさん得意げに言って、稽古場に戻っていく。
 
 ミヤザキさん、ちょっとくやしく、その場に立ちつくしたまま、
(一本だけ拾ったってしょうがないじゃない。あんな羽、作るとしたら、どうやって作るかな)
と考えているところで、
 
 目が覚めたのだそうだ。
「縁起がいいよね」
 ミヤザキさん、にこにこしている。

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