第108話

文字数 682文字

 八日ぶりに夢。
 イギリスにいたときにお世話になった、ケンさん(ケネスさん)とジューンさんに会っていた。

 なぜか彼らの素敵な田舎風の白いご自宅ではなく、瀟洒(しょうしゃ)なビクトリア朝風の建物の一角の部屋にいた。
 部屋は八角形で、縦長の窓がいくつもある。

 なにかとても美味しいものをごちそうになり、幸せな気もちで帰る。
 私は部屋の外に立って、縦長の窓のガラス越しに幾度も礼をする。
 海外の人は日本人が胸の前で手を合わせておじぎすると思っていることが多いから、そうではなく、ちゃんと日本風に深々と礼をする、右手にキャリーケースのハンドルを持ったまま。
 ご夫妻は鏡を背にしてソファに並んで掛け、にこにことうなずく。

 歩き出してから、
 そうだ、こちらにいるあいだ、またお会いしたくなってもこのお宅の住所と電話番号がわからないから、名刺をもらっておきたかった、
 と思ってふり返る。
 花ざかりの木の写真が刷りこまれたケンさんの名刺は、日本に帰れば私の棚のあの引き出しの中にあるのだけど、いま手もとにないから、こちらにいるあいだに何かあっても連絡のしようがないのだ。

 そう思ってうろうろするうちに、
 それなら、そもそもどうやってケンさんと連絡がとれたのだろう、
 という不思議に気づく。

 これ以上気がついてはいけないことにも気がついて、

 私は玄関ホールに一人立ちすくむ。キャリーケースを引いたまま。
 天井が高い。


※ケンさんとジューンさんのゲスト夫妻(「ゲスト」という苗字)にお世話になったのは二十年以上前です。そのときすでにご高齢でした。
それに、ケンさんの名刺に花は印刷されていませんでした。

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