第81話
文字数 441文字
一度、家から本を持ってきてくれと、病室で父に頼まれた。ひさしぶりに読んでみたいと言う。
スミコに探させるのは、酷だから、アヤが探してくれ。
活字を読めなくなってひさしいから、私も喜んだ。
何を持ってきてほしいのと訊くと、
「カミュの、なんとかの神話だ」
と言う。
アルベール・カミュ著、『シーシュポスの神話』。
シーシュポスは、ギリシア神話の登場人物だ。何かの罪で(何かは忘れた)地獄に堕とされた彼は、そこで永遠の業罰を受ける。その業罰というのが、
重たい岩をころがして山頂まで運びあげるのだけれど、
山頂に到達した瞬間、かならず岩は谷底に落ちる、
それをまた、ころがしていく、
という拷問。
生きるというのはそういうことだ、と、カミュは誇り高く宣言する。
シーシュポスは罪人ではない。ぼくらの英雄だ、と。
いま、それを読むの、お父さん?
いま?
「おうち時間を素敵にすごそう」というようなのじゃなくて?
わかった、と言って、取ってきたけれど、けっきょく父がページを開くことはなかった。
スミコに探させるのは、酷だから、アヤが探してくれ。
活字を読めなくなってひさしいから、私も喜んだ。
何を持ってきてほしいのと訊くと、
「カミュの、なんとかの神話だ」
と言う。
アルベール・カミュ著、『シーシュポスの神話』。
シーシュポスは、ギリシア神話の登場人物だ。何かの罪で(何かは忘れた)地獄に堕とされた彼は、そこで永遠の業罰を受ける。その業罰というのが、
重たい岩をころがして山頂まで運びあげるのだけれど、
山頂に到達した瞬間、かならず岩は谷底に落ちる、
それをまた、ころがしていく、
という拷問。
生きるというのはそういうことだ、と、カミュは誇り高く宣言する。
シーシュポスは罪人ではない。ぼくらの英雄だ、と。
いま、それを読むの、お父さん?
いま?
「おうち時間を素敵にすごそう」というようなのじゃなくて?
わかった、と言って、取ってきたけれど、けっきょく父がページを開くことはなかった。