第65話

文字数 1,006文字

 夢で弟に責められる。

 その弟は若く、何をしていても不機嫌で、やや小柄で、ようするに私の弟とは似ても似つかない人なのだけれど、弟として私を責める。

 私たちは一棟まるごと旅館のような巨大なコンクリートの建物に住んでいて、部屋数がやたらにある。
 まわりは感じのよい松林で、赤みをおびた柔らかな土とほどよい起伏に恵まれ、そこを散歩する私はいろいろとたのしいことに遭遇する。
 なのに、かならず最後は弟に責められる。

 一度、可愛らしいプラスチックの人形の赤ん坊を、大まじめに抱いている男の人に会った。
 その人形は水をたっぷり満たして使うタイプのもので、頭に栓があるはずだけれどそれがゆるいのか、水が漏れるのだった。
 男性はこまった顔で人形をあやしている。

 隣で妻らしい女性が、
 たいへん、乳幼児健診でaと書かれちゃった、
 と陽気に叫んでいて、それはとても小さいということらしく、お人形だから大きくなれなくてあたりまえで、彼女もわかっていて冗談として言っているのに、夫である人のほうは笑わない。

 この夫君(ふくん)は黒い礼服を着たきれいな人で、よく見たら栗原類さんだった。
 栗原類さんは又吉直樹さんと仲よしで、しかも肩もみが上手だ(たしか)と聞いてからファンになったのだけれど、その話はいまはどうでもよくて、
 とにかく彼があの端正なお顔で正装して白手袋まではめて大まじめにプラスチックの赤ちゃんをあやしている。

 そんないろいろのことを、柔らかくて気もちのよい松葉のつもった散歩道で私は経験して、

 部屋に帰ってきて歯をみがこうとすると、歯みがき剤があとほんの少ししかない。
 私の携帯用チューブも、部屋に備え付けの大きなチューブも、どちらもあと少ししかない。
 けんめいにしぼり出しながら、備え付けのはペーストが透明で青いので、ミント味なのかな、などと思っていると、
 スマホの着信音らしきアラームが幾度も鳴り、

 やがて弟(例の、弟らしくない弟)が現れて、あきれ顔で戸口にたたずむ。
 ○時○分だよ、と言われる。
 ようするに責められている。

 洗面台のすぐ横に戸口があるわりには、部屋は広く、豪華なしつらえで、白いダブルベッドの枕もとにあざやかな抽象画などかかっており、
 何より、その青い歯みがきペーストの色のために、
 ここは異国だったのだなと私は気づく。


※文中の栗原類さんはもちろん私の夢の中の栗原類さんで、現実の栗原類さんとは関係ありません。

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