第157話

文字数 421文字

 真澄さんとレーゲンスブルクを歩く夢を、幾度か見たはずなのに、一度も書きとめていないのはなぜだろう。

 鈍色(にびいろ)の石畳が霧に濡れている。
 私たちは寄りそって歩いて、部屋に入る。音楽学校の練習室だ。
 天井がやや高いとはいえ、室内におさまってしまう小ぶりのパイプオルガン。おもに木製の四角い管でできている。

 コートを着たまま私はオルガンの前の椅子に掛け、かたわらにあなたが立つ。
 私の指を乗せるまでもなく、木管たちは静かに響きだす、水を吸いあげた木立のように、空気を吸いあげて。
 どこへも行かない風が満ちている。

 あまりに確かな風景なので、これが夢だということを忘れそうになる。
 かえって、別の場所でともに過ごした記憶のほうが、架空のものだったような気がしてくる。

 十一月、万聖節(アラーハイリゲン)の頃であるらしい。
 輝かしかった黄葉の散り落ちた気配だけが残っている。
 白い漆喰の壁に囲まれた木立のなかへ、寄りそって歩み入りながら、
 あなたは何も語らず、

 私も語らない。

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