第55話

文字数 708文字

 幼児向けの音楽番組を作っている。私と、女性の同僚と、小さな女の子の三人で。
 同僚の人が若くてきれいなので(でも誰)、私も相応に若いのだと思う。
 女の子は五歳くらい。

 私が長いおもちゃの刀をふりまわし、女の子が大きなつつじピンクの雨傘を開いてそれを受けて、喜んでいる。というカットを私は遠景で見ていて、二人が笑いながら走ってセットの裏へ退場するまで見守っている。

 私たちの番組には、伝説的なブルースギタリストの男性も加わっていて、曲を作っては提供してくれているのだけど、その彼、何かというとさりげなく私の白シャツを脱がそうとするので、油断がならない。
 良いシャツだから寸法が知りたいんだなどと言って、気がつくと、彼が手につかんでしげしげ観察しているのは、シャツではなく私の胸のほうなので、油断もすきもありはしない。

 突然、その彼が、亡くなったという知らせが届く。
 ニューヨークで。

 友人らしき男性が荷馬車の御者台で大泣きしながら、彼の身がらはかならず日本にとどけるから、と叫んで、トナカイに鞭を入れて踏切を渡る。

 ニューヨークなのにトナカイ? と私、うっすら気づきかける。

 でも御者さんは泣いていて、荷馬車から振り落とされた農夫ふうの男性も手放しで泣いていて、姿は見えないけれど日本の友人たちもみんな泣いていて、私は、ああ私はこんなに愛されていたんだと感激して、できることなら東京に帰って葬られたいとせつなく思って、自分も大泣きしている。つまりすでに私がくだんのギタリストなのだ。

 涙にむせびながらふと足もとを見ると、ひなびた駅の錆びた陸橋のたもとに一群れの鉄線(てっせん)が白く咲いている。
 中央本線の、富士見駅であるらしい。

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