第122話

文字数 840文字

 友だちの画家のソノさんの、これは夢ではないけれど、夢に近い話。

 ソノさんとミヤザキさんと私の三人で、演劇の打ち合わせを兼ねて――いや、打ち合わせと称して、三人でよく飲む。(現実)
 私だけが下戸で、二人は、二人で例えばサイゼリヤならワイン、マグナム一本とデキャンタを空ける。

 マグナムとデキャンタなら、はじめからワイン二本じゃだめなのかな、と下戸の私は思うのだけど、そういうものではないらしい。お酒飲みというものは。
 まず、マグナムのお得感に最大限酔っておいて、その上で、もう一つだけ、デキャンタを頼みたくなるらしい。
 まあ、本人たちが幸せそうだから、いいのだ。

 そして二人ともでき上がってしまう。
 事務連絡など本当の「打ち合わせ」は、開始から三十分以内には終わらせておかないと、後になって二人とも何も覚えていない。

 帰り道、ミヤザキさんが、かなり足もとがおぼつかなかったことがあった。
 飲んだ場所はソノさんの地元で、ソノさんは私鉄二駅ほどで帰れるのだけど、ミヤザキさんと私は小一時間かけて都内まで戻らなくてはならない。

「大丈夫かな、ミヤザキ」と、ソノさんがしきりに心配する。
 心配のあまりソノさん、改札のぎりぎりまで来て、見送ってくれている。
「大丈夫、なんなら私がお家まで送っていくから」と言って、やっと別れた。

 ミヤザキさんはあんがいしっかりしていて、電車でぐっすり眠ったあとはすっきり目覚めて、私がお宅まで送っていく必要はまったくなかった。
 ただし、ソノさんが心配して改札までついて来てくれたことは、覚えていなかった。

 ところが、次の日電話で聞いたら、
 ソノさんはこの一連の話を、ひとつも覚えていなかった。
 お店を出たところから、記憶がないそうだ。

「心配してついて来てくれたじゃない」
「おれが?」

 そんな。

 他に誰も、証人がいない。

 彼らと会うときは、用心しないといけない。
 会ったことじたいが、私だけの夢にされてしまいかねない。


※コロナ禍で、最近は彼らにも会えていません。

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