第64話

文字数 1,298文字

 大雨の中、外出する夢。
 高校に来ている、と思っている。母校。
 なぜ来ているのかわからない。文化祭を見に来たのかもしれない。
 でも大雨。

 帰り、最寄り駅で迷う。
 というのは、地下鉄の三駅のどこからも遠い場所にその母校はあって(現実はちがいます)、私は、帰り、別の駅に出てしまいそうだな、と予感しながら、来たときにコインロッカーに荷物をあずけてしまったのだ。
 さっき、セーラー服の子たちが笑い騒いで先へ行くのを見送りながら、どしゃ降りに傘をななめにかたむけて、ああこれはまちがったほうへ出ちゃったかも、と弱った気もちになっていたのが、だんだんそのとおりだとわかってくる。

 改札の、駅員さんの控え室の窓口で、都営三田線の出口はどこですかと訊きたいだけなのに(現実の母校は都営三田線沿いにはありません)、前に並んだ母娘が忘れ物の受け取りにみょうに時間がかかっていて、いらいらする。
 とくに母親のほうが駅員さんにへんな媚びを売ったりしていて、ショートヘアで身なりもきちんとしているのに、かえって感じがわるい。

 とうとう私、怒って、
 用がすんだならどいてください、
 とどなって母娘を撃退して、列の先頭に立つ。

 コインロッカーの鍵をかばんのポーチから出す。なくしたかと思って一瞬あせったけれど、あった。
 どう見てもコインロッカーのでなく自転車の鍵だけれど、そんなのかまわない。
 とにかくこの鍵と、四角く固い厚紙の受け取り書を見せて(何だろうそれ)、都営三田線の駅はどこですかと訊けばいい。

 ところが、親切そうな駅員さんが、
「三田線ねえ」
とさも同情したふうにうなずいてみせて、
「じゃここに書いて」
と紙とボールペンを出してくる。

 ペンを取って書こうとして、何を? と気づき、私、三田線の改札に行きたいだけなんです、とけんめいに言う。
 駅員さんはやはり気の毒そうに、けれどものんびりと、ああ三田線ね、とつぶやき、そういう人多いんだよねとでも言いたげに、あさってのほうを見やる。

 気がつくと、私の後ろに次の人が、ものすごくぴったりくっついて並んでいて、やりにくいことこの上ない。これにもいらいらして、少し下がってもらえませんかと声を高くして言うと、その人はきれいな黒髪の感じのいいお嬢さんなのだけれど、
 だって後ろが、
 と言って泣きそうになっている。
 見ると、彼女の後ろにもぴったりくっついて並んでいる人たちが長蛇の列をなしていて、全員に少しずつ下がってもらうと列の最後尾が駅構内から外へ出てしまうくらいの大人数なのだ。

 ぞっとしつつ、
 それでも無理やり、下がって下がってと言って下がってもらう。

 窓口をふりかえると、ガラスの向こうにグレーのびろうどの指輪ケースがあって、そこに私の指輪が五つも挿してあって、琥珀のなど。それ返してくださいと言うと、じゃ書いて、と言われて、けっきょく受け取りを書かされる。
 書きながら、ヘビーメタルの人たちは、あんな凄い指輪(銀細工の髑髏とか)をたくさんつけていたら、手が重いだろうなと思うと、
 もう自分がドレッドヘアのギタリストになっていて、右手の重さを感じている。

 あとは忘れた。

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