第17話

文字数 485文字

 その続き。
 
 私一人、部屋に戻ってくる。たくさん本が積まれ、うっすらとほこりの舞う、古びた美しい洋館の書斎。家具もみんなマホガニーのような落ちついた色の木でできている。
 
 そこへ、大柄の、ナチスの将校が、迎えに来る。

 もう部屋の中にいる。彼が。
 顔は見えない。
 私は——
 
 そこから、私は、少し離れて私を見ているのだ。そして私は年とった白人の女性で、声楽家らしい。
 心臓が破れそうに鳴るけれども、私にはあの書類がある。つまり、収容所に行かなくてよいという証明書。
 
 私はふるえる体を、右手を大きなテーブルについて支えて、そのまま毅然と、将校に近づいていく。
 将校は軍服の背中しか見えない。画面をふさぐほど大きな背中。
 これは映画なのか。
 
 私の右手がふるえながらテーブルをつたっていく。しわのある手の甲にふんわりとシフォンの、紫にさまざまな色が散らされた美しい袖がかかっている。
 あの老婦人は私だ。
 そして、私は知っている。いまから彼女すなわち私が毅然とさしだす証明書を、将校は黙ってぴりぴりと破り棄て、私の腕を取って連行していくのだ。
 
 あの、田舎の、単線の駅から。

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