第90話

文字数 549文字

 善通寺に家族みんなで(父母、弟夫婦と甥、そして私)法事に行ったとき、甥はまだ五歳だった。
 弟の大きな背中にみんみん蝉がとまるようなかっこうでしがみついている、可愛い写真が残っている。

 完成したばかりの光明殿は本当に、新居、という言葉がぴったりだった。
 ときどき永代供養施設のことを「コインロッカー」などと悪く言うのを聞いていたけれど、私はむしろ、魂の巣箱、のようだと思った。

 小さな空間がたくさん積み重なって、そのひとつひとつに薄羽を持つ人たちが入っている。
 もしかしたら、私たちのまわりを飛び交っているのかもしれない。

 母が真剣に今後の相談をしているあいだ、甥は走りまわりたそうにうずうずしていた。
 その彼を、私はふと抱きすくめて、ささやいてみた。なんの出来心だったのだろう。

「いつかアヤおばちゃんが死んだら、レンくんがここへ連れてきてね」

 甥は小さな顔を一瞬白くして、ぱっと私の手をふりほどいて駆け出していった。

 レンくん。ごめん。たぶんもう覚えていないだろうけど、覚えていたとしても、忘れてくれていいからね。
 アヤおばちゃん、クリスチャンだったよ。
 さすがに弘法大師さまのところへ入れてもらうのはまずいよね、みんなといっしょに。

 大丈夫。私は私で、一人で行くから(おらおらでひとりいぐも)。

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