第14話

文字数 663文字

 コンクリートの複雑な建物の中にいて、何かの検問所らしく、私はなかなか外に出してもらえない。自分の身の潔白を証明しなくちゃならない。
 
 その建物はいまも作りつづけられていて、検問官たち自身が作業員で、一人はどろりとしたコンクリートを手押し車から空けながら、にやりとしている。
 
 首にかけたタオルで顔をぬぐいながら、といっても涼しく、汗をかいてはいないのだけど、その人が私に質問する。
 (犬)って何だ? 歌うのか?
 
 紙に印刷してホチキス止めした台本が、いつのまにか灰色の長机に置かれている。机の先には直径1メートルくらいの蛇腹のチューブがあって、そこにいまから台本を通してエックス線検査をするらしい。
 で、どうなんだ? 歌うのか?
 
 歌うような、歌わないような、と答えると、面白そうに身を乗り出して聞いている。
 歌になる瞬間の、あの感じわかりますか? あれです、などと私、説明しながら、冬枯れた銀杏並木の、ほぼ葉の落ちた静かな風景を思い浮かべている。
 
 あんたが歌うのか?
 はい。
 この(犬)って部分?
 はい。
 
 台本だから台詞と歌詞が書いてあるのだけれど、私からは見えない。それより不思議なことに、私はその台本は私が書いた『鳥の歌』という作品で、検問官氏もそれは承知しているらしい。
 つまりこの世界では、犬、という漢字は鳥を意味するらしいのだ。
 それが証拠に、イメージの中に犬がいっさい出てこない。
 
 ただ、検問所の外にあるはずの銀杏並木の、すっきりした梢を思う。早くあそこへ行って歌いたいと思っている。
 
 私は、鳥らしい。

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